2020年10月29日
言葉に敏感になると
昔々…
firemen だった呼び方はfirefightersに、
policemenだった呼び方はpolice officersに、
chairmanもchairpersonになり、もはや古い言い方の方に違和感がある。
日本語でも、
看護婦は看護師になり、保母さんも保育士になり、「女性がなるもの!」というレッテルはすっかりはがれて定着済み。
ただ、未だに問題は多々残っている。
女子アナ(ブランド化の問題)、女性議員(議員は男性が9割以上という現実)、女性棋士(もともと女性が好まない分野)などから女性を外すところまでは行っていないし、英語でも過激なフェミニスト団体は「history」は男性の歴史(his story)という意味だから、herstoryにすべきだ!と騒いだ時期もあったらしい。
男女~という並びが嫌な人もいるかもしれないし(実際この前「女男」にすべきでしょ!と冗談半分で怒っている人もいた笑。)、私のアメリカの友人は挙式の際に牧師さんに"I now pronounce you husband and wife".の語順が気に食わないから、"wife and husband"に変えてもらった。もう20年も前の話。
今はとにかく言葉に敏感にならなければいけない時代。
文科省が2013年6月下旬、公用文中の「子ども」の表記を「子供」に統一したが、それまでは統一されておらず「子ども」が多用されてきた。「供」という字が「お供え物」「お供する」などを連想させ、差別的な印象を与えるというのが理由。そのため今でも「子供」よりも「子ども」という表記を目にすることは多い。特に新聞。
「障害者」だった表記はもっと明確な理由から「障碍者」または「障がい者」となってきているし、英語でもhandicapped personだったものも、handicappedとは何事だ!ということでdisabled、そしてそれさえも「できない」という意味があるため昨今は「persons with disabilities」が好まれる場合が多く、私たち翻訳を生業にする者たちはデリケートな問題なので必ず誰かに相談することにしている。
「黒人」を訳す時なんて、最もデリケートだ。
私が奄美に来て一番びっくりした言葉は、「はげ~!」でも「~っち(またはっちょ)」を語尾につけることではないです。
ま、それらも結構びっくりしましたが、もともと自身も東北人、父は典型的な東北訛りで歳を重ねていくたびに酷くなっているので、
どこに行っても訛りには驚かないし。
一番びっくりした言葉は、みんなが本州(九州・四国を含む)を指して「内地」と呼ぶことです。
北海道出身の子がちらっと言ったことを耳にした程度で聞いたことがありましたが、ここまで普段から
「内地では…」
「内地にいた時は…」
「内地出身だから…」
「内地だと…」
という風に頻繁に使われていることは知りませんでした。
気になって「内地」という言葉の歴史と、それについての意見を書いているブログなどを読んでみると奥深い歴史がありますね。
きっと北海道に住んだら、同じ頻度で耳にする言葉なのでしょう。
戦前のような「大日本帝国占領下」の台湾やアジア諸国を指して「外地」、そしてその反対側の本土を「内地」と呼ぶような意味は全く消えて、今や日常的に使われる俗語的用法と化したとあるので、英語で言う「スラング」ですね。
だから「内地」以外に住んでいる人が本土を指して「内地」ということには問題がない。
でも「内地」つまり本土に住む人が、それ以外の離島や北海道に住む人を「外地の人」とか「外地」と呼ぶようになった途端、それは差別用語に化すはずです。
「外地」なんて表現を聞くことはないので、それはあり得ないでしょうが、
でもこれって日本人がどこかで感じている「米軍基地問題」の本音に繋がるような気がします。あくまで個人的な感想です。ご容赦ください。
「基地が必要なら、それなら仕方ない、(外地)にお願いするしかないかな…」みたいな感覚。
近いうちに私自身も突き詰めて、答えを出したいなと思っている問題の一つです。日本の基地問題。
それには歴史と政治と現状の勉強が必要で、今そこまで行っていない状態ですが。
言葉は人間が作ります。でもその言葉にコントロールされてしまうのも人間。
決して「内地」という言葉を使うな!と言いたいわけではなく、それは単に表記、スラングの範囲。
問題は心の中で内側と外側、本土と離島、都市と地方、都会と田舎、みたいな考え方をしているうちは、これからの日本は上手く回らなくなることは間違いないでしょう。
それぞれがそれぞれの土地に誇りをもって、上手に経済やコミュニティーを回していける社会。
たかが「内地」という言葉だけど、ふっとそういうことを考えてしまいました。
ちなみに。
大学時代に現地のサマースクールを受けに1か月程アメリカに行っていた時の授業中。
先生が「日本人は手を挙げて~」と言ってカウントしていた時に(確か何かのディスカッションのための質問)、日本人なのに手を上げない女の子が一人いました。
先生が不思議に思って「あなた日本人じゃなかったっけ?」と聞くと、
「No. I am Okinawan!」(いいえ、私沖縄人よ~)と真顔で答えていました。
忘れられないシーンです。
大分違うけど、私もNHK朝ドラ「あまちゃん」の中で杉本哲太が言ったセリフ「Noと言えない東北人だから~」がお気に入りで、
いつもボランティアを頼まれると、そう答えています。
「あまちゃん」のコアなファンにしか通じません。残念。
SLA発起人
firemen だった呼び方はfirefightersに、
policemenだった呼び方はpolice officersに、
chairmanもchairpersonになり、もはや古い言い方の方に違和感がある。
日本語でも、
看護婦は看護師になり、保母さんも保育士になり、「女性がなるもの!」というレッテルはすっかりはがれて定着済み。
ただ、未だに問題は多々残っている。
女子アナ(ブランド化の問題)、女性議員(議員は男性が9割以上という現実)、女性棋士(もともと女性が好まない分野)などから女性を外すところまでは行っていないし、英語でも過激なフェミニスト団体は「history」は男性の歴史(his story)という意味だから、herstoryにすべきだ!と騒いだ時期もあったらしい。
男女~という並びが嫌な人もいるかもしれないし(実際この前「女男」にすべきでしょ!と冗談半分で怒っている人もいた笑。)、私のアメリカの友人は挙式の際に牧師さんに"I now pronounce you husband and wife".の語順が気に食わないから、"wife and husband"に変えてもらった。もう20年も前の話。
今はとにかく言葉に敏感にならなければいけない時代。
文科省が2013年6月下旬、公用文中の「子ども」の表記を「子供」に統一したが、それまでは統一されておらず「子ども」が多用されてきた。「供」という字が「お供え物」「お供する」などを連想させ、差別的な印象を与えるというのが理由。そのため今でも「子供」よりも「子ども」という表記を目にすることは多い。特に新聞。
「障害者」だった表記はもっと明確な理由から「障碍者」または「障がい者」となってきているし、英語でもhandicapped personだったものも、handicappedとは何事だ!ということでdisabled、そしてそれさえも「できない」という意味があるため昨今は「persons with disabilities」が好まれる場合が多く、私たち翻訳を生業にする者たちはデリケートな問題なので必ず誰かに相談することにしている。
「黒人」を訳す時なんて、最もデリケートだ。
私が奄美に来て一番びっくりした言葉は、「はげ~!」でも「~っち(またはっちょ)」を語尾につけることではないです。
ま、それらも結構びっくりしましたが、もともと自身も東北人、父は典型的な東北訛りで歳を重ねていくたびに酷くなっているので、
どこに行っても訛りには驚かないし。
一番びっくりした言葉は、みんなが本州(九州・四国を含む)を指して「内地」と呼ぶことです。
北海道出身の子がちらっと言ったことを耳にした程度で聞いたことがありましたが、ここまで普段から
「内地では…」
「内地にいた時は…」
「内地出身だから…」
「内地だと…」
という風に頻繁に使われていることは知りませんでした。
気になって「内地」という言葉の歴史と、それについての意見を書いているブログなどを読んでみると奥深い歴史がありますね。
きっと北海道に住んだら、同じ頻度で耳にする言葉なのでしょう。
戦前のような「大日本帝国占領下」の台湾やアジア諸国を指して「外地」、そしてその反対側の本土を「内地」と呼ぶような意味は全く消えて、今や日常的に使われる俗語的用法と化したとあるので、英語で言う「スラング」ですね。
だから「内地」以外に住んでいる人が本土を指して「内地」ということには問題がない。
でも「内地」つまり本土に住む人が、それ以外の離島や北海道に住む人を「外地の人」とか「外地」と呼ぶようになった途端、それは差別用語に化すはずです。
「外地」なんて表現を聞くことはないので、それはあり得ないでしょうが、
でもこれって日本人がどこかで感じている「米軍基地問題」の本音に繋がるような気がします。あくまで個人的な感想です。ご容赦ください。
「基地が必要なら、それなら仕方ない、(外地)にお願いするしかないかな…」みたいな感覚。
近いうちに私自身も突き詰めて、答えを出したいなと思っている問題の一つです。日本の基地問題。
それには歴史と政治と現状の勉強が必要で、今そこまで行っていない状態ですが。
言葉は人間が作ります。でもその言葉にコントロールされてしまうのも人間。
決して「内地」という言葉を使うな!と言いたいわけではなく、それは単に表記、スラングの範囲。
問題は心の中で内側と外側、本土と離島、都市と地方、都会と田舎、みたいな考え方をしているうちは、これからの日本は上手く回らなくなることは間違いないでしょう。
それぞれがそれぞれの土地に誇りをもって、上手に経済やコミュニティーを回していける社会。
たかが「内地」という言葉だけど、ふっとそういうことを考えてしまいました。
ちなみに。
大学時代に現地のサマースクールを受けに1か月程アメリカに行っていた時の授業中。
先生が「日本人は手を挙げて~」と言ってカウントしていた時に(確か何かのディスカッションのための質問)、日本人なのに手を上げない女の子が一人いました。
先生が不思議に思って「あなた日本人じゃなかったっけ?」と聞くと、
「No. I am Okinawan!」(いいえ、私沖縄人よ~)と真顔で答えていました。
忘れられないシーンです。
大分違うけど、私もNHK朝ドラ「あまちゃん」の中で杉本哲太が言ったセリフ「Noと言えない東北人だから~」がお気に入りで、
いつもボランティアを頼まれると、そう答えています。
「あまちゃん」のコアなファンにしか通じません。残念。
SLA発起人
2020年10月28日
面白い大人
樹木希林さんが亡くなって丸2年を過ぎていますが、
彼女の気配がいまだにこの世界に残っているような気がします。
たくさんの残された映画、テレビ作品と、あの奇特な存在感がそうさせていて、本当に亡くなったのかな…というような気持ちに私たちをさせるのかもしれません。
最近亡くなった若い俳優さん(本当に悲しい…悲しすぎる…)を想って、共演経験のある女優さんが、
樹木希林さんのある言葉を用いてインスタに投稿していました。
私もそれを聞いた時には、自分の胸に一生刻もうと思ったものです。
「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」
シンプルなようでシンプルじゃない。
簡単にできそうで本当に難しい。
隣の芝生はいつも青いし、
驕っているいるし、
平気じゃないことばかり毎日あって、文句タラタラだし。
ただ「面白がって」の部分だけは、今のところまあまあ出来ているような気がします。
先日紹介した宮崎駿の毒舌名言で、「子供の未来は残念ながらつまらない大人なんですよ。(子供というのはその瞬間しかないんです…)」
じゃないけど、世の中つまらない大人は本当に多い。
それは決して悪い意味だけではなく、良い意味で。
一生懸命生きるということは、
日常に追われることだし、その中でみんな小さな幸せを見つけながら楽しく生きることができれば、
それが一見「つまらない大人」だとしても仕方のないことなのでしょう。
でもたまーに。
たまーに。
面白い人間が存在しませんか?
友人との話で「あの人面白いよね~」みたいな。
私の父は恐らくその部類の人間です。変人とも言えますが、面白いです。
我が親ながら、吹きだしたり、呆れたり、感心したり、アホだな・・・と思ったり。
話を元に戻すと、樹木希林さんの葬儀の際に娘の也哉子さんが喪主ではないけどお礼の挨拶をしていたのが印象的でした。
実は私もそれをやろうとずっと思っています。
ここ10年程「おれは死ぬ、もうすぐ死ぬ」と繰り返す(死なないガンと呼ばれる)前立腺がん持ちの父ですが、
もし、まあ、絶対いつかは居なくなるわけで、
その時は変人だった彼の望む通りに、
葬儀は密葬(菩提寺がなんというか…前住職は父の同級生だし、現住職は私の同級生じゃん!)
最悪家族葬(これは仕方ないかな)
連絡は死んでしばらくしてから(絶対無理でしょ、うち本家だよ!)
そして「遠方者にはわざわざ焼香に来るなと言え!」(絶対絶対無理でしょ!高校・大学野球部のキャプテンで、色んな縦横の繋がり無視してそんなことしたら、残された家族の常識を疑われるわ!)
と、すべて無理な話に近いので、せめて本人が亡くなってものが言えなくなってから(笑)
家族葬+お別れの会にしたいなと思っています。勝手に母との話し合いで。
その時に2つばかり。
父の面白い話と、でも名門野球部を率いてドラフト会議で指名されたぐらいだから、単純に面白いだけの人間ではなかった彼の人間性を表すエピソードを話そうと勝手に思っているのです。
そして最後は笑わせたい。
きっと母は泣いてばかりで何もできないでしょうから、せめて私のジョークでみんなで笑って終わりたい。
あおういう私自身が父寄りの「ちょっとふざけた(時にふざけすぎた)大人」なのは間違いありません。
でも本人は亡くなっているわけだし、今から「お父さんの葬儀はきちんと考えているから!」と言っているのですが、
いかんせん、本人が「だからいらねーーーって」を繰り返すので、話にならないのですが…。
親がこの世界からいなくなる日。
一日でも遅い方がいいな…と思います。
子ども(孫)だったら直に「おじいちゃん、おばあちゃん長生きしてね!」と敬老の日などに言えますが、
大人になると、親にむかって直接は言えませんよね。
「お父さん、お母さん、長生きしてね」とは。気恥ずかしい。
すでに親に旅立たれている友人も多々いるわけですし、存在してるだけで有難い話です。
樹木希林さんほどではないにしろ、面白い大人に少しでも近づきたいな…と益々思う今日この頃です。
父みたいになりたい…とはあまり思わないなぁ(笑)。面白い種類が違うし、周りが迷惑!
ただ、娘は「じっち、200歳まで生きて私が死ぬときに一緒に死のうね~!絶対だよ!」と訳の分からないことを要求しています。
SLA発起人
彼女の気配がいまだにこの世界に残っているような気がします。
たくさんの残された映画、テレビ作品と、あの奇特な存在感がそうさせていて、本当に亡くなったのかな…というような気持ちに私たちをさせるのかもしれません。
最近亡くなった若い俳優さん(本当に悲しい…悲しすぎる…)を想って、共演経験のある女優さんが、
樹木希林さんのある言葉を用いてインスタに投稿していました。
私もそれを聞いた時には、自分の胸に一生刻もうと思ったものです。
「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」
シンプルなようでシンプルじゃない。
簡単にできそうで本当に難しい。
隣の芝生はいつも青いし、
驕っているいるし、
平気じゃないことばかり毎日あって、文句タラタラだし。
ただ「面白がって」の部分だけは、今のところまあまあ出来ているような気がします。
先日紹介した宮崎駿の毒舌名言で、「子供の未来は残念ながらつまらない大人なんですよ。(子供というのはその瞬間しかないんです…)」
じゃないけど、世の中つまらない大人は本当に多い。
それは決して悪い意味だけではなく、良い意味で。
一生懸命生きるということは、
日常に追われることだし、その中でみんな小さな幸せを見つけながら楽しく生きることができれば、
それが一見「つまらない大人」だとしても仕方のないことなのでしょう。
でもたまーに。
たまーに。
面白い人間が存在しませんか?
友人との話で「あの人面白いよね~」みたいな。
私の父は恐らくその部類の人間です。変人とも言えますが、面白いです。
我が親ながら、吹きだしたり、呆れたり、感心したり、アホだな・・・と思ったり。
話を元に戻すと、樹木希林さんの葬儀の際に娘の也哉子さんが喪主ではないけどお礼の挨拶をしていたのが印象的でした。
実は私もそれをやろうとずっと思っています。
ここ10年程「おれは死ぬ、もうすぐ死ぬ」と繰り返す(死なないガンと呼ばれる)前立腺がん持ちの父ですが、
もし、まあ、絶対いつかは居なくなるわけで、
その時は変人だった彼の望む通りに、
葬儀は密葬(菩提寺がなんというか…前住職は父の同級生だし、現住職は私の同級生じゃん!)
最悪家族葬(これは仕方ないかな)
連絡は死んでしばらくしてから(絶対無理でしょ、うち本家だよ!)
そして「遠方者にはわざわざ焼香に来るなと言え!」(絶対絶対無理でしょ!高校・大学野球部のキャプテンで、色んな縦横の繋がり無視してそんなことしたら、残された家族の常識を疑われるわ!)
と、すべて無理な話に近いので、せめて本人が亡くなってものが言えなくなってから(笑)
家族葬+お別れの会にしたいなと思っています。勝手に母との話し合いで。
その時に2つばかり。
父の面白い話と、でも名門野球部を率いてドラフト会議で指名されたぐらいだから、単純に面白いだけの人間ではなかった彼の人間性を表すエピソードを話そうと勝手に思っているのです。
そして最後は笑わせたい。
きっと母は泣いてばかりで何もできないでしょうから、せめて私のジョークでみんなで笑って終わりたい。
あおういう私自身が父寄りの「ちょっとふざけた(時にふざけすぎた)大人」なのは間違いありません。
でも本人は亡くなっているわけだし、今から「お父さんの葬儀はきちんと考えているから!」と言っているのですが、
いかんせん、本人が「だからいらねーーーって」を繰り返すので、話にならないのですが…。
親がこの世界からいなくなる日。
一日でも遅い方がいいな…と思います。
子ども(孫)だったら直に「おじいちゃん、おばあちゃん長生きしてね!」と敬老の日などに言えますが、
大人になると、親にむかって直接は言えませんよね。
「お父さん、お母さん、長生きしてね」とは。気恥ずかしい。
すでに親に旅立たれている友人も多々いるわけですし、存在してるだけで有難い話です。
樹木希林さんほどではないにしろ、面白い大人に少しでも近づきたいな…と益々思う今日この頃です。
父みたいになりたい…とはあまり思わないなぁ(笑)。面白い種類が違うし、周りが迷惑!
ただ、娘は「じっち、200歳まで生きて私が死ぬときに一緒に死のうね~!絶対だよ!」と訳の分からないことを要求しています。
SLA発起人
2020年10月24日
お墓問題?
20年後の2040年には、日本の総人口の5分の1は、比較的高齢の、いわゆる「おひとり様」になるそうです。
仕事しながら聞いていた「終活」特集のテレビ番組での話。
でも「おひとり様」と言っても、決して未婚のまま一人で暮らしているというわけではなく、
結婚したカップルでも子どもがなく、
配偶者に先立たれた者、
離婚した者、
子どもがいても何らかの事情で疎遠になっていて身よりがいない近い状態の者…
なども含むそう。
「子どもを家の世継ぎ」とする「家制度」の崩壊は目前。
子どもには個としての権利が生まれながらに存在し、彼・彼女が自由に生きるべき時代が来て「家に縛られる」「親に縛られる」という時代ではなくなることになるでしょう。
個人的にはそれでいいと思います。
1800年後半に成立した明治期の家族制度は、歴史的に見ればたかが100数十年。
お墓でさえ江戸時代頃までは有力者のみのもので、庶民の場合は亡くなってもお墓が建てられることはなかったらしいし、
「個人墓」から「家墓」になったのは土地不足と土葬から火葬へ変わった時代の変化にそったもの。
「墓守」のために「家制度」を、そしてそのために子どもを産む(昔は家を継承するために養子さえもとる)時代は、
好むと好まざるに関わらず変化の時期を迎えようとしています。
奄美は奄美の歴史とかいろいろあるので事情は少し違うとは思いますが、世継ぎ、家問題に関しては「空き家」を見ると全国津々浦々同じ状態なのだろうな…と思います。
主人も私も地方出身者で東京で働き、子育てをする典型的「上京組」。
東京に来てから知り合った人たちもほとんどが同じ地方出身者。
たまに夫婦の片方が東京育ちのパターンもありますが、「夫婦両方」が東京出身という珍しいパターンの場合は、
「お育ちの良いお金持ち」のパターンが多いです。
一度そのパターンの夫婦がさらっとお正月の過ごし方を離していましたが、
東京に実家がある夫婦は、近郊の箱根や熱海などの温泉でお正月を過ごしたりすることが多いとのこと。
なるほど。どちらか(または両方)の実家に帰らないでもいいのか。普段近い距離にいるから。
というか、帰省と縁がないのか。あのラッシュもお金が一発で飛んでしまう一族移動も。
楽なのか、寂しいのか。わからない…
奄美の人たちがそれぞれの集落に(自宅のすぐそばに)お墓を持ち、色々な形でご先祖様を大事にし、
旧暦に合わせて月一回などの頻度でお墓参りにいく。
それを知ったときはびっくりしましたが、素敵なことだな~と思いました。
私は盆正月GWにしか実家に帰れませんが、行けば亡くなった祖父母に会いに行く気持ちでお墓参りにいくことがとても大切だと思っているので、子どもにもこの気持ちは継いでもらいたいと思っています。
でも…
これからの全国的な過疎化の中、空き家問題、後継ぎ問題。
未婚、非婚、もっと突っ込めば子どもを持たない権利や、生まれた性に捕らわれずに自由に生きられるLGBT権利。
その中で新しい形の「墓」はどうなっていくのか。
2年ほど前に、母の友人が「樹木葬」の下見に行きたいと言い出し、一緒に付き合い、予約を入れてきました。
子どもたちに迷惑をかけたくないそうです。離婚しているし。
世の中の多様な価値観と伝統を守るのは、「墓」一つでも難しいことなのだな…と思います。
SLA発起人
仕事しながら聞いていた「終活」特集のテレビ番組での話。
でも「おひとり様」と言っても、決して未婚のまま一人で暮らしているというわけではなく、
結婚したカップルでも子どもがなく、
配偶者に先立たれた者、
離婚した者、
子どもがいても何らかの事情で疎遠になっていて身よりがいない近い状態の者…
なども含むそう。
「子どもを家の世継ぎ」とする「家制度」の崩壊は目前。
子どもには個としての権利が生まれながらに存在し、彼・彼女が自由に生きるべき時代が来て「家に縛られる」「親に縛られる」という時代ではなくなることになるでしょう。
個人的にはそれでいいと思います。
1800年後半に成立した明治期の家族制度は、歴史的に見ればたかが100数十年。
お墓でさえ江戸時代頃までは有力者のみのもので、庶民の場合は亡くなってもお墓が建てられることはなかったらしいし、
「個人墓」から「家墓」になったのは土地不足と土葬から火葬へ変わった時代の変化にそったもの。
「墓守」のために「家制度」を、そしてそのために子どもを産む(昔は家を継承するために養子さえもとる)時代は、
好むと好まざるに関わらず変化の時期を迎えようとしています。
奄美は奄美の歴史とかいろいろあるので事情は少し違うとは思いますが、世継ぎ、家問題に関しては「空き家」を見ると全国津々浦々同じ状態なのだろうな…と思います。
主人も私も地方出身者で東京で働き、子育てをする典型的「上京組」。
東京に来てから知り合った人たちもほとんどが同じ地方出身者。
たまに夫婦の片方が東京育ちのパターンもありますが、「夫婦両方」が東京出身という珍しいパターンの場合は、
「お育ちの良いお金持ち」のパターンが多いです。
一度そのパターンの夫婦がさらっとお正月の過ごし方を離していましたが、
東京に実家がある夫婦は、近郊の箱根や熱海などの温泉でお正月を過ごしたりすることが多いとのこと。
なるほど。どちらか(または両方)の実家に帰らないでもいいのか。普段近い距離にいるから。
というか、帰省と縁がないのか。あのラッシュもお金が一発で飛んでしまう一族移動も。
楽なのか、寂しいのか。わからない…
奄美の人たちがそれぞれの集落に(自宅のすぐそばに)お墓を持ち、色々な形でご先祖様を大事にし、
旧暦に合わせて月一回などの頻度でお墓参りにいく。
それを知ったときはびっくりしましたが、素敵なことだな~と思いました。
私は盆正月GWにしか実家に帰れませんが、行けば亡くなった祖父母に会いに行く気持ちでお墓参りにいくことがとても大切だと思っているので、子どもにもこの気持ちは継いでもらいたいと思っています。
でも…
これからの全国的な過疎化の中、空き家問題、後継ぎ問題。
未婚、非婚、もっと突っ込めば子どもを持たない権利や、生まれた性に捕らわれずに自由に生きられるLGBT権利。
その中で新しい形の「墓」はどうなっていくのか。
2年ほど前に、母の友人が「樹木葬」の下見に行きたいと言い出し、一緒に付き合い、予約を入れてきました。
子どもたちに迷惑をかけたくないそうです。離婚しているし。
世の中の多様な価値観と伝統を守るのは、「墓」一つでも難しいことなのだな…と思います。
SLA発起人
2020年10月23日
都道府県別「教育費ランキング」
幻冬舎GOLDオンラインでこんな記事。
「都道府県別「教育費ランキング」ベスト10…9位の意外な県は?」
https://gentosha-go.com/articles/-/29721?per_page=1
来年3月で親や祖父母から子どもに教育資金を贈与した際に贈与税を非課税とする「教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度」が終了するのですね。
知らなかった…いよいよ終わりかぁ~。
別に私の父が資産家で…というわけではないのですが、何しろ「死ぬ死ぬ、俺はもうすぐ死ぬ!」とここ10年ぐらい言い続けている
「前立腺がん」持ちの「死ぬ死ぬ詐欺男」なので、ほんのちょっとですが、
もしかしたら、相続税払うぐらいなら、溺愛している孫娘(+孫息子)にちょっとずつだけでも生前贈与で教育資金としてくれるかな~?なんて淡い期待をしていたことは否めません。
ま、父も母もお陰様でまだまだ元気そうですので、生活費だっていろいろ必要な中でそんな余裕があるとは思えないので、本当に「淡い」期待なのですが(笑)。
受贈者(子や孫)1人につき、1,500万円まで(学習塾など学校以外への支払いは内500万円まで)が非課税限度額となるこの制度。
世のなかにはいるのですよね~。
奄美に来る直前にお習字教室で一緒になって子供同士が先に仲良くなったことが縁で友達になったママ。
2人でランチをしている時に、ごくごく自然に、本当に自然に、普通に、天気の話をするように、
「〇〇とXXがそれぞれじいじ・ばあばから15ずつ(1500万円という意味で)教育資金贈与しているから、そこから払っているんだけど…」
と話していました。
帰国子女にあたるお姉ちゃんの方が老舗のインターナショナルスクールに行っていて、間違いなく年間の学費は300万。
でも(海外にいた時期が短くて)英語力が下がる妹の方は、本人の希望もあり(うちの娘と同じ学校に行きたい!らしい)地元の公立。
そうなるとその1500万円の減り方のバランスがおかしくなるという話を普通にしていたのです。
ま、動揺しますよね…やっぱり教育費で苦労しないで済む一定の人はいるんだなぁ~と。
それでなくともその家のパパは良い仕事で稼いでいるのに!
教育費、正直大変です。
主人も私も地方のオール公立からの私立大学。私は大学院で国立。でもその間に(大学では奨学金をゲットしたとはいえ)留学を入れると相当な累計教育費。
主人は東京での生活費がかかっていたわけだし、典型的バカ息子で何かあると親に金をせびるという悪行を繰り返していた親不孝。
ま、二人ともお金の面では親不孝。でも大人になって仕事に困らないという意味では有難くお金をかけていたので、そのお陰でどうにか自立して生きているという面で親孝行???…そう思いたいだけ?
さて先ほどの教育費らにキングの記事。
自分に関係するところを拾っただけでも…
東京都(33,645円)…1位←現在
宮城県(16,645円)…26位←私
香川県(14,327円)…33位←夫
鹿児島県 (14,246円)…35位(もちろん奄美)
となっている。
家庭の教育費とは、子どもの教育にあてられる費用全般をいい、これは、家計の中で長期的な支出となる項目で、通常、「学校でかかるお金」と「学校外でかかるお金」を全て含めたものを指すため、この毎月の費用が小学校~高等教育にまで及ぶと相当な累計額になるわけだ。
恐ろしい…
だってまだ公立の小学生と、未就学児だから「習い事」にだけかかっているわけだが、
その時点でとっくにこの平均額を超えている…我が家。
というか、ほとんどの家庭はそうだと思う。
水泳・お習字・ピアノ・体操・STEM教室…本人がやりたいことはとにかくやらせてきた。なんでもやりたがる欲張り娘!!!その結果が恐ろしい教育費!
これで私立に行かれたらどうなる!
娘の小学校の半数は私立(または国立か都立中高一貫)受験をする。そしてそのために3,4年生から通塾するため、その塾代の総額は特別講習や高学年にかけてあがっていく費用を足すとトータル300万~360万と言われているのだ。
私立中学に進む前に破産するわ(怒)。
ま、その結果がこの統計になるわけですね。そりゃそうだ。恐るべし東京。
ある老舗私立受験専門エリート塾に入塾させるために他の補習塾に入塾するという、わけのわからない状況も!
この記事にもあるように、「教育費=子どもへの愛情、というわけではありませんが、できるだけいい教育を受けさせたいとお金をかけるのは親心」。
そりゃそうです。
でもその解決法が「確率論的に、負の流れを断ち切るためには、何としても年収をあげ、教育にお金をかける、ということが現実的でしょう。」という記事の結びには「大反対!」。
そんなことをカバーできる方法はいくらでもある!そこを考えるべき、知るべき!←繰り返すが、ランゲージアーツを知ることもその一手段。
ただ…離島のディスアドバンテージは、希望する高等教育に進むためには島をでなければならずそこにお金がかかること。
それならばせめて、うちの夫のように、何かとお金をせびる「アホ息子(娘)」とならないことだけは祈っております。
SLA発起人
「都道府県別「教育費ランキング」ベスト10…9位の意外な県は?」
https://gentosha-go.com/articles/-/29721?per_page=1
来年3月で親や祖父母から子どもに教育資金を贈与した際に贈与税を非課税とする「教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度」が終了するのですね。
知らなかった…いよいよ終わりかぁ~。
別に私の父が資産家で…というわけではないのですが、何しろ「死ぬ死ぬ、俺はもうすぐ死ぬ!」とここ10年ぐらい言い続けている
「前立腺がん」持ちの「死ぬ死ぬ詐欺男」なので、ほんのちょっとですが、
もしかしたら、相続税払うぐらいなら、溺愛している孫娘(+孫息子)にちょっとずつだけでも生前贈与で教育資金としてくれるかな~?なんて淡い期待をしていたことは否めません。
ま、父も母もお陰様でまだまだ元気そうですので、生活費だっていろいろ必要な中でそんな余裕があるとは思えないので、本当に「淡い」期待なのですが(笑)。
受贈者(子や孫)1人につき、1,500万円まで(学習塾など学校以外への支払いは内500万円まで)が非課税限度額となるこの制度。
世のなかにはいるのですよね~。
奄美に来る直前にお習字教室で一緒になって子供同士が先に仲良くなったことが縁で友達になったママ。
2人でランチをしている時に、ごくごく自然に、本当に自然に、普通に、天気の話をするように、
「〇〇とXXがそれぞれじいじ・ばあばから15ずつ(1500万円という意味で)教育資金贈与しているから、そこから払っているんだけど…」
と話していました。
帰国子女にあたるお姉ちゃんの方が老舗のインターナショナルスクールに行っていて、間違いなく年間の学費は300万。
でも(海外にいた時期が短くて)英語力が下がる妹の方は、本人の希望もあり(うちの娘と同じ学校に行きたい!らしい)地元の公立。
そうなるとその1500万円の減り方のバランスがおかしくなるという話を普通にしていたのです。
ま、動揺しますよね…やっぱり教育費で苦労しないで済む一定の人はいるんだなぁ~と。
それでなくともその家のパパは良い仕事で稼いでいるのに!
教育費、正直大変です。
主人も私も地方のオール公立からの私立大学。私は大学院で国立。でもその間に(大学では奨学金をゲットしたとはいえ)留学を入れると相当な累計教育費。
主人は東京での生活費がかかっていたわけだし、典型的バカ息子で何かあると親に金をせびるという悪行を繰り返していた親不孝。
ま、二人ともお金の面では親不孝。でも大人になって仕事に困らないという意味では有難くお金をかけていたので、そのお陰でどうにか自立して生きているという面で親孝行???…そう思いたいだけ?
さて先ほどの教育費らにキングの記事。
自分に関係するところを拾っただけでも…
東京都(33,645円)…1位←現在
宮城県(16,645円)…26位←私
香川県(14,327円)…33位←夫
鹿児島県 (14,246円)…35位(もちろん奄美)
となっている。
家庭の教育費とは、子どもの教育にあてられる費用全般をいい、これは、家計の中で長期的な支出となる項目で、通常、「学校でかかるお金」と「学校外でかかるお金」を全て含めたものを指すため、この毎月の費用が小学校~高等教育にまで及ぶと相当な累計額になるわけだ。
恐ろしい…
だってまだ公立の小学生と、未就学児だから「習い事」にだけかかっているわけだが、
その時点でとっくにこの平均額を超えている…我が家。
というか、ほとんどの家庭はそうだと思う。
水泳・お習字・ピアノ・体操・STEM教室…本人がやりたいことはとにかくやらせてきた。なんでもやりたがる欲張り娘!!!その結果が恐ろしい教育費!
これで私立に行かれたらどうなる!
娘の小学校の半数は私立(または国立か都立中高一貫)受験をする。そしてそのために3,4年生から通塾するため、その塾代の総額は特別講習や高学年にかけてあがっていく費用を足すとトータル300万~360万と言われているのだ。
私立中学に進む前に破産するわ(怒)。
ま、その結果がこの統計になるわけですね。そりゃそうだ。恐るべし東京。
ある老舗私立受験専門エリート塾に入塾させるために他の補習塾に入塾するという、わけのわからない状況も!
この記事にもあるように、「教育費=子どもへの愛情、というわけではありませんが、できるだけいい教育を受けさせたいとお金をかけるのは親心」。
そりゃそうです。
でもその解決法が「確率論的に、負の流れを断ち切るためには、何としても年収をあげ、教育にお金をかける、ということが現実的でしょう。」という記事の結びには「大反対!」。
そんなことをカバーできる方法はいくらでもある!そこを考えるべき、知るべき!←繰り返すが、ランゲージアーツを知ることもその一手段。
ただ…離島のディスアドバンテージは、希望する高等教育に進むためには島をでなければならずそこにお金がかかること。
それならばせめて、うちの夫のように、何かとお金をせびる「アホ息子(娘)」とならないことだけは祈っております。
SLA発起人
2020年10月22日
宮崎駿の最高の毒舌が語る子どもの未来
気が早いような気もしますが、来年東京に帰るにあたっては11月頭にはあちらの幼稚園か保育園に申込をし、
幼稚園ならば面接を受けて(奄美にいることを考慮してもらえたとしても何らかの方法で)席を確保するか、
保育園ならば区の審査を受けて2月の発表を待たなければなりません。
元々通っていた保育園は家の目の前の巨大オフィスビルの中にある複合施設の一部にあり、
園庭はないけれども常に目の前にある噴水広場や散歩に連れて行ってくれるし、何しろ先生方の入れ替わりが少なくてとても暖かい保育園であったため、とても満足していました。
同じクラスだったママ友が毎月1日になると、園の定員の空き状況をスクリーンショットで送ってくれる(笑)。
私もチェックできるから大丈夫だけど「早く帰ってきて~!待っているよ~」という感じで。
そこは認可保育園とはいえ、第三セクターの小さな保育園であるため、3歳児クラスはちょうど幼稚園に流れる子いるから恐らく1,2名なら空くかな…と思っていたところ、コロナ禍と重なって幼稚園に入ったら少しずつ働き始めようと思っていたママたちが入園を諦めた傾向があるらしく、今年に限って5名も空きがある!
ウチの息子が入れる可能性は相当高い。
ですので、多分コロナがなかったらそのままそこに戻っていた…と思います。
でも、でも、でも。
奄美から東京に戻るにあたり、どうしてもそれをしたくない自分がいるのです。
この大自然の中で自我が目覚めて(デビル化もしているけど…)、毎日無邪気にマスクもせず元気に走り回っている有難い環境にいる彼に、
「電車に乗るからマスクしなさい」「ベタベタ色々触っちゃだめ」と言いながら、激混みの公園に連れていけるか。
先生方の除菌作業や散歩での最大限の配慮に感謝しつつも、クラスターにおびえてイライラせずにいられるか…
そして何より。5歳、6歳の大事な発達期に、この緑の環境からビルの一室に閉じ込める逆行コースを彼に強いることができるか。
小学校入学までの大事な二年間を。
そうしたことをずっとずっと夏ぐらいから悩み続け、色々な人と相談し(旦那や親たちなど)、またもや「プチ別居」にはなってしまうけど、
お隣神奈川県の山側の方で活動しているNPOが経営する「森のようちえん」の一つに入園することにしました。
月~木は狭いマンションで私と息子か、在宅勤務日がある主人と息子が暮らし、金曜から日曜は家族が東京で合流。
東京の学校に帰る決心が揺るがない娘は4年生にもなるので、そこまで神経をとがらせなくとも、運動の機会、外遊びの機会を確保してあげれば一人である程度のことはできるので、そういったフレキシブルな環境を楽しめる子にしたい。
「森のようちえん」教育はもともとデンマークの母親たちがはじめた教育方法で、今や日本全国に広がるネットワークをもっており、
前々から興味がありました。
http://morinoyouchien.org/
園舎を持たず(認可を受けるためにある程度のものを用意しているところもありますが)、一日の大半を森(公園でもいい)で過ごすことを目的とし、自然のなかでいっぱい遊び、自然を感じ、自分で考えることを目的とした理念を掲げています。
保育者の介入は「見守り」程度の最低限。
例えば森へ行って、自分たちのリュックを置くために敷物を斜面に敷く。
どう敷いたらいいのだろう?
どう協力したらいいのだろう?
あっちに敷いた方がいいのではないか?
雨が降ってきたらどうすべきか?
すべてにおいて考えさせるように促します。
そしてよっぽどの大雨じゃない限り、頑丈な全身タイプのカッパを着て山や川に出かけるそうです。
今の幼稚園のようなお祈り、秩序を厳守するような静寂な時間、運動会に向けた大事な練習の積み重ね経験…
そうしたものがなくなって、ちょっと違った方向にいくことになる教育方針。
小学校に入った時に戸惑う子もいるとかいないとか。
ま、娘と同じ小学校に通うことになったら、周りはみんな周辺の幼稚園・保育園でがっちり固まって入学してくるから、
相当なマイノリティになることは間違いありません。
(私はそこもむしろ強くなれる良い影響になって欲しいと思いますが)
それでも「プチ別居」とはいえ、またも家を借りてまで隣の県の幼稚園に行く必要はあるのかな…
そんなお金をかけるなら、将来彼の好きな道に進むときに使ってあげた方がいいのじゃないかな…と迷うことも。
決して財政的に問題がないわけではない(むしろ問題笑)、
「コロナじゃなければ選ばなかった選択」であることは間違いないですし。
そんな話を今週頭、フランスのブルゴーニュでオランダ人の旦那さんとB&Bを経営している高校時代の大親友にLINEしていました。
すると、友人いわく「いいんじゃない?宮崎駿がよく子どもの未来のために…というけど、子どもの未来なんて”つまらない大人”なんだから、大事なのは今だ!みたいなことを言っていたよ。将来のためにとかよりも、今彼が楽しめるのは何かを考えてあげて動けば十分なんじゃないの」と言われたのです。
ネットで調べてみましたが、正しくは、
「子どもの未来」というでしょ。
でも子どもの未来は残念ながらつまらない大人なんです。
子どもというのはその瞬間しかないんです。
その大事なときに、つまんないお勉強とか、つまんない親の見栄とか、つまんない親の安心のために、つまんない親の考えのために子どもの生活を奪うなといいたいです。」(宮崎駿)
という発言だったようです。
目から鱗でした。ホントそうですよね。
だって「娘が将来、生きる力を持てるように」と思って奄美にくる決心をしたのに、
離島留学のHPを見て一発で気に入ったし、下見の時点で本人が来る気満々だったし、登校一日目で校長先生に「半日で島の子みたいです(笑)」と言われたのも元々持つ本人の「ものごとを楽しむ力」。
ま、離島留学で娘の時間を奪ったつもりはないのですが、結局は彼女の人生のその「瞬間」が大切で、楽しくて、価値があればいいんだ!
息子も一緒。お金もまたかかるし(稼げばどうにかなるにしても)、家族もまた週の半分は離れちゃうけど、
彼が幼稚園を気に入ってくれて(100%気に入るとみている…外遊び、新しい環境大好き)、毎日「楽しかったー」と帰って来てくれれば細かいことは気にしないでもいいかもしれない。もちろん合わなければその時に修正をかけよう!楽しめないことが最悪な選択だから。
結局「つまらない大人」がゴールであることはみんな一緒で、自分もその「つまらない大人」の一人で、毎日どう手を抜くか、楽して稼げないか(笑)、そんなことばかり考えながらテレビを観てワハハと笑っているけど、
もしかしたら子どもたちの「瞬間」「瞬間」を大事にし続けてあげれば、「面白い大人」になる可能性もあるかもしれない。
(↑ま、それが親の欲目なんだろうけど。)
ゴールが「つまらない大人」でいいのだと思えば気が楽!
頑張って子育てしても、しなくても(笑)、みんな「つまらない大人になる」。当たっていると思う。面白い大人なんて極わずかしかいないもん。
ま、この発言も賛否両論あるみたいで、ジブリ作品に絡めて叩いているブログやツイッターの内容も観ましたが、
「じゃあ聞くが、宮崎駿ぐらいの(毒舌でも)作品やメッセージを出せるのかい?あんた?」
…と、湯婆婆の顔で上から覗き込んで聞いてみたい。
SLA発起人
※特別ジブリファンではないが、普通にトトロも、キキも、千尋も好き
幼稚園ならば面接を受けて(奄美にいることを考慮してもらえたとしても何らかの方法で)席を確保するか、
保育園ならば区の審査を受けて2月の発表を待たなければなりません。
元々通っていた保育園は家の目の前の巨大オフィスビルの中にある複合施設の一部にあり、
園庭はないけれども常に目の前にある噴水広場や散歩に連れて行ってくれるし、何しろ先生方の入れ替わりが少なくてとても暖かい保育園であったため、とても満足していました。
同じクラスだったママ友が毎月1日になると、園の定員の空き状況をスクリーンショットで送ってくれる(笑)。
私もチェックできるから大丈夫だけど「早く帰ってきて~!待っているよ~」という感じで。
そこは認可保育園とはいえ、第三セクターの小さな保育園であるため、3歳児クラスはちょうど幼稚園に流れる子いるから恐らく1,2名なら空くかな…と思っていたところ、コロナ禍と重なって幼稚園に入ったら少しずつ働き始めようと思っていたママたちが入園を諦めた傾向があるらしく、今年に限って5名も空きがある!
ウチの息子が入れる可能性は相当高い。
ですので、多分コロナがなかったらそのままそこに戻っていた…と思います。
でも、でも、でも。
奄美から東京に戻るにあたり、どうしてもそれをしたくない自分がいるのです。
この大自然の中で自我が目覚めて(デビル化もしているけど…)、毎日無邪気にマスクもせず元気に走り回っている有難い環境にいる彼に、
「電車に乗るからマスクしなさい」「ベタベタ色々触っちゃだめ」と言いながら、激混みの公園に連れていけるか。
先生方の除菌作業や散歩での最大限の配慮に感謝しつつも、クラスターにおびえてイライラせずにいられるか…
そして何より。5歳、6歳の大事な発達期に、この緑の環境からビルの一室に閉じ込める逆行コースを彼に強いることができるか。
小学校入学までの大事な二年間を。
そうしたことをずっとずっと夏ぐらいから悩み続け、色々な人と相談し(旦那や親たちなど)、またもや「プチ別居」にはなってしまうけど、
お隣神奈川県の山側の方で活動しているNPOが経営する「森のようちえん」の一つに入園することにしました。
月~木は狭いマンションで私と息子か、在宅勤務日がある主人と息子が暮らし、金曜から日曜は家族が東京で合流。
東京の学校に帰る決心が揺るがない娘は4年生にもなるので、そこまで神経をとがらせなくとも、運動の機会、外遊びの機会を確保してあげれば一人である程度のことはできるので、そういったフレキシブルな環境を楽しめる子にしたい。
「森のようちえん」教育はもともとデンマークの母親たちがはじめた教育方法で、今や日本全国に広がるネットワークをもっており、
前々から興味がありました。
http://morinoyouchien.org/
園舎を持たず(認可を受けるためにある程度のものを用意しているところもありますが)、一日の大半を森(公園でもいい)で過ごすことを目的とし、自然のなかでいっぱい遊び、自然を感じ、自分で考えることを目的とした理念を掲げています。
保育者の介入は「見守り」程度の最低限。
例えば森へ行って、自分たちのリュックを置くために敷物を斜面に敷く。
どう敷いたらいいのだろう?
どう協力したらいいのだろう?
あっちに敷いた方がいいのではないか?
雨が降ってきたらどうすべきか?
すべてにおいて考えさせるように促します。
そしてよっぽどの大雨じゃない限り、頑丈な全身タイプのカッパを着て山や川に出かけるそうです。
今の幼稚園のようなお祈り、秩序を厳守するような静寂な時間、運動会に向けた大事な練習の積み重ね経験…
そうしたものがなくなって、ちょっと違った方向にいくことになる教育方針。
小学校に入った時に戸惑う子もいるとかいないとか。
ま、娘と同じ小学校に通うことになったら、周りはみんな周辺の幼稚園・保育園でがっちり固まって入学してくるから、
相当なマイノリティになることは間違いありません。
(私はそこもむしろ強くなれる良い影響になって欲しいと思いますが)
それでも「プチ別居」とはいえ、またも家を借りてまで隣の県の幼稚園に行く必要はあるのかな…
そんなお金をかけるなら、将来彼の好きな道に進むときに使ってあげた方がいいのじゃないかな…と迷うことも。
決して財政的に問題がないわけではない(むしろ問題笑)、
「コロナじゃなければ選ばなかった選択」であることは間違いないですし。
そんな話を今週頭、フランスのブルゴーニュでオランダ人の旦那さんとB&Bを経営している高校時代の大親友にLINEしていました。
すると、友人いわく「いいんじゃない?宮崎駿がよく子どもの未来のために…というけど、子どもの未来なんて”つまらない大人”なんだから、大事なのは今だ!みたいなことを言っていたよ。将来のためにとかよりも、今彼が楽しめるのは何かを考えてあげて動けば十分なんじゃないの」と言われたのです。
ネットで調べてみましたが、正しくは、
「子どもの未来」というでしょ。
でも子どもの未来は残念ながらつまらない大人なんです。
子どもというのはその瞬間しかないんです。
その大事なときに、つまんないお勉強とか、つまんない親の見栄とか、つまんない親の安心のために、つまんない親の考えのために子どもの生活を奪うなといいたいです。」(宮崎駿)
という発言だったようです。
目から鱗でした。ホントそうですよね。
だって「娘が将来、生きる力を持てるように」と思って奄美にくる決心をしたのに、
離島留学のHPを見て一発で気に入ったし、下見の時点で本人が来る気満々だったし、登校一日目で校長先生に「半日で島の子みたいです(笑)」と言われたのも元々持つ本人の「ものごとを楽しむ力」。
ま、離島留学で娘の時間を奪ったつもりはないのですが、結局は彼女の人生のその「瞬間」が大切で、楽しくて、価値があればいいんだ!
息子も一緒。お金もまたかかるし(稼げばどうにかなるにしても)、家族もまた週の半分は離れちゃうけど、
彼が幼稚園を気に入ってくれて(100%気に入るとみている…外遊び、新しい環境大好き)、毎日「楽しかったー」と帰って来てくれれば細かいことは気にしないでもいいかもしれない。もちろん合わなければその時に修正をかけよう!楽しめないことが最悪な選択だから。
結局「つまらない大人」がゴールであることはみんな一緒で、自分もその「つまらない大人」の一人で、毎日どう手を抜くか、楽して稼げないか(笑)、そんなことばかり考えながらテレビを観てワハハと笑っているけど、
もしかしたら子どもたちの「瞬間」「瞬間」を大事にし続けてあげれば、「面白い大人」になる可能性もあるかもしれない。
(↑ま、それが親の欲目なんだろうけど。)
ゴールが「つまらない大人」でいいのだと思えば気が楽!
頑張って子育てしても、しなくても(笑)、みんな「つまらない大人になる」。当たっていると思う。面白い大人なんて極わずかしかいないもん。
ま、この発言も賛否両論あるみたいで、ジブリ作品に絡めて叩いているブログやツイッターの内容も観ましたが、
「じゃあ聞くが、宮崎駿ぐらいの(毒舌でも)作品やメッセージを出せるのかい?あんた?」
…と、湯婆婆の顔で上から覗き込んで聞いてみたい。
SLA発起人
※特別ジブリファンではないが、普通にトトロも、キキも、千尋も好き
2020年10月19日
多分結婚記念日
今日は私たち夫婦の結婚記念日らしい…
というか、正直どの日を結婚記念日にしていいのか、10年以上悩んでいる。
10月4日に神社で式を挙げた。秋晴れの仙台(といっても、お隣のお隣の塩釜市にある塩釜神社)で、両家の家族と挙式の様子を覗きに来てくれた地元の親友たちに見守られながら、厳かに執り行われた挙式。
…というか、当時増え始めていた中国人観光客に勝手に写真をバシャバシャ撮られながら気分は「エリカ様」(そこまでの髪型ではなかったが笑)。
その後親族(おじ・おばまで)のみで食事会。今は亡き大好きだった祖母にも花嫁姿を見せることができたし、一番心配していた(なぜだ!)みたいなので、安心させることができて満足。
そして東京に戻り同月17日に皇居目の前の素敵なレストランで仕事関係者や東京・仙台・高松の友人たちを呼んで自由気ままにおこなった1.5次会(盛大な一般的な披露宴と、会費制の2次会の間ぐらいのレベル)スタイルでおこなったパーティーは、すべてを手作りに、ユニークにすることを心がけたため、登場の仕方から途中のスピーチ、一芸披露まですべてが爆笑の渦。
その場で出席者を証人に挙式代わりに婚姻届けにサインをし、2次会前に一番近くの区役所に提出に行く予定でいたので、私たちとしては、この10月17日が「結婚記念日」になるはずでした…
が!
パーティーに凝り過ぎてよーくよーく婚姻届けの準備をしていなかった自分たち。
下準備は本当に大事ですね…
昨今話題になっている「印鑑!」
その「印鑑」のせいで2次会開始までに届けるはずだった婚姻届けが出せませんでした!!!
なんと「捨て印」をすっかり忘れていたのです。
会場だったレストランからホテルに帰ってきてそれに気づき、すぐに戻って印鑑を探そうかと思ったのですが(挙式代わりのセレモニーで使用したため)、恐らく荷物は翌日に取りに行くという段取りだったため、すべてひとまとまりにされており、そこから印鑑だけを探していたら二次会に間に合わないだろう…との判断で、ずーーーーーっと練っていた17日届出作戦はあっさりと撃沈。
そして翌日18日。
今度こそ荷物をレストランに取りに行き、印鑑をしっかり探して捨て印を押し、きちんと提出に行こう!と思ったところ…
案の定、想定内、予想通り、そりゃそうだよね~、的に前日の飲み過ぎがたたり、二人ともヘロヘロ。
レストランに荷物を取りに行くだけでいっぱいいっぱい。あっさり区役所行きは却下。
結局予定より2日遅れの19日朝。
会社に行く前の朝に区役所の時間外窓口に提出して、あっさりと受理されたため、なんの思い入れもない19日に入籍しました。
ということで、
挙式をした10月4日なのか…
みんなの前で祝ってもらって盛大にパーティーをした17日なのか…
なんの思い入れもないけど、実際に籍を入れた19日なのか…
毎年、旦那が(または自分が)どの日を「そういえば結婚記念日だね」というかで私たちの結婚記念日は変わります。
こういう人、きっとたくさんいるのでしょうね。(いないか?)
アメリカの家族や友人たちは結婚記念日は命がけ?という程大事にします。
たとえ結婚20年でも、2年でも、花を贈り、旅行へ行き、愛情を確かめ合い、みんなからお祝いしてもらいます。
今月、私のホストブラザーは二度目の結婚の(笑)記念日だったらしく、このコロナ禍の中、メキシコのビーチに旅行に行ったそうです。
子どもたち二人(3歳と0歳)をGrandpaとGrandmaに預けて。
そんなの当然の話。
みんなそこまでしないにしても、子どもたちは誰かに預けて必ずディナーか1泊程度でも旅行に行きます。
今決まっている計画としては、2022年に私のホストファミリーのパパとママが結婚50周年を迎えるため、
関係者家族全員でハワイに集まる予定です。
私たち家族も去年からそのメンバーとして招待されているので、4人分の飛行機代を貯めねば!と思っていたところです。
ホストマザーの60歳の誕生日の時もマウイで集まりましたが、その時は私はまだ独身だったので簡単に行けましたが、
家族全員でいくのは大変。
一昨年、父の70歳祝いで行ったときも大変でした。子守り(じいじの)もお金も(涙)。
またお金かかるなぁ~と覚悟していましたが、そんなときにこのコロナ。
今やお金がかかっても絶対絶対2022年までにどうにか収まって、無事にいけることを祈るばかり。
そのためには頑張って働こうと思えます。
贅沢がしたいわけではないけど、大好きな人のお祝いに、その人たちと楽しく過ごすことができることにお金をかけるということはとてもとても幸せなことなのではないかと思えるのです。それが最も贅沢なことなんだと。
どうか行けますように!
それにしても結婚50周年か…金婚式っていうけど、旦那と自分に置き換えると…はぁ~
あと難百回喧嘩するだろうなぁ~それまで(笑)。
SLA発起人
というか、正直どの日を結婚記念日にしていいのか、10年以上悩んでいる。
10月4日に神社で式を挙げた。秋晴れの仙台(といっても、お隣のお隣の塩釜市にある塩釜神社)で、両家の家族と挙式の様子を覗きに来てくれた地元の親友たちに見守られながら、厳かに執り行われた挙式。
…というか、当時増え始めていた中国人観光客に勝手に写真をバシャバシャ撮られながら気分は「エリカ様」(そこまでの髪型ではなかったが笑)。
その後親族(おじ・おばまで)のみで食事会。今は亡き大好きだった祖母にも花嫁姿を見せることができたし、一番心配していた(なぜだ!)みたいなので、安心させることができて満足。
そして東京に戻り同月17日に皇居目の前の素敵なレストランで仕事関係者や東京・仙台・高松の友人たちを呼んで自由気ままにおこなった1.5次会(盛大な一般的な披露宴と、会費制の2次会の間ぐらいのレベル)スタイルでおこなったパーティーは、すべてを手作りに、ユニークにすることを心がけたため、登場の仕方から途中のスピーチ、一芸披露まですべてが爆笑の渦。
その場で出席者を証人に挙式代わりに婚姻届けにサインをし、2次会前に一番近くの区役所に提出に行く予定でいたので、私たちとしては、この10月17日が「結婚記念日」になるはずでした…
が!
パーティーに凝り過ぎてよーくよーく婚姻届けの準備をしていなかった自分たち。
下準備は本当に大事ですね…
昨今話題になっている「印鑑!」
その「印鑑」のせいで2次会開始までに届けるはずだった婚姻届けが出せませんでした!!!
なんと「捨て印」をすっかり忘れていたのです。
会場だったレストランからホテルに帰ってきてそれに気づき、すぐに戻って印鑑を探そうかと思ったのですが(挙式代わりのセレモニーで使用したため)、恐らく荷物は翌日に取りに行くという段取りだったため、すべてひとまとまりにされており、そこから印鑑だけを探していたら二次会に間に合わないだろう…との判断で、ずーーーーーっと練っていた17日届出作戦はあっさりと撃沈。
そして翌日18日。
今度こそ荷物をレストランに取りに行き、印鑑をしっかり探して捨て印を押し、きちんと提出に行こう!と思ったところ…
案の定、想定内、予想通り、そりゃそうだよね~、的に前日の飲み過ぎがたたり、二人ともヘロヘロ。
レストランに荷物を取りに行くだけでいっぱいいっぱい。あっさり区役所行きは却下。
結局予定より2日遅れの19日朝。
会社に行く前の朝に区役所の時間外窓口に提出して、あっさりと受理されたため、なんの思い入れもない19日に入籍しました。
ということで、
挙式をした10月4日なのか…
みんなの前で祝ってもらって盛大にパーティーをした17日なのか…
なんの思い入れもないけど、実際に籍を入れた19日なのか…
毎年、旦那が(または自分が)どの日を「そういえば結婚記念日だね」というかで私たちの結婚記念日は変わります。
こういう人、きっとたくさんいるのでしょうね。(いないか?)
アメリカの家族や友人たちは結婚記念日は命がけ?という程大事にします。
たとえ結婚20年でも、2年でも、花を贈り、旅行へ行き、愛情を確かめ合い、みんなからお祝いしてもらいます。
今月、私のホストブラザーは二度目の結婚の(笑)記念日だったらしく、このコロナ禍の中、メキシコのビーチに旅行に行ったそうです。
子どもたち二人(3歳と0歳)をGrandpaとGrandmaに預けて。
そんなの当然の話。
みんなそこまでしないにしても、子どもたちは誰かに預けて必ずディナーか1泊程度でも旅行に行きます。
今決まっている計画としては、2022年に私のホストファミリーのパパとママが結婚50周年を迎えるため、
関係者家族全員でハワイに集まる予定です。
私たち家族も去年からそのメンバーとして招待されているので、4人分の飛行機代を貯めねば!と思っていたところです。
ホストマザーの60歳の誕生日の時もマウイで集まりましたが、その時は私はまだ独身だったので簡単に行けましたが、
家族全員でいくのは大変。
一昨年、父の70歳祝いで行ったときも大変でした。子守り(じいじの)もお金も(涙)。
またお金かかるなぁ~と覚悟していましたが、そんなときにこのコロナ。
今やお金がかかっても絶対絶対2022年までにどうにか収まって、無事にいけることを祈るばかり。
そのためには頑張って働こうと思えます。
贅沢がしたいわけではないけど、大好きな人のお祝いに、その人たちと楽しく過ごすことができることにお金をかけるということはとてもとても幸せなことなのではないかと思えるのです。それが最も贅沢なことなんだと。
どうか行けますように!
それにしても結婚50周年か…金婚式っていうけど、旦那と自分に置き換えると…はぁ~
あと難百回喧嘩するだろうなぁ~それまで(笑)。
SLA発起人
2020年10月19日
秋が恋しい!
うちの子どもたちは秋が一番大好きです。
いや、言われてみれば私もかもしれない。
なんと言っても食べ物!
秋刀魚(岩手県の大船渡から美味しい美味しい秋刀魚を直送してもらっていましたが、近年は…涙)
鮭(今年は鮭もダメだそうです…涙)
いくら(鮭とセットですよね…)
といった海の幸だけではなく、
イチジク(子どものくせに甘露煮が大好き!何個も何個も欲しがります)
干し柿(これも必死に食らいつく)
梨(お隣の利府町というところも梨が有名。仲良し一家がいる埼玉の白岡市も梨が有名でたくさん送られてくる)
葡萄(シャインマスカットが何と言っても大好き!ママ友が一年に一回の贅沢!と言って大量買いして分けてくれる)
栗ご飯
そして宮城県の名物「はらこ飯」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%82%89%E3%81%93%E9%A3%AF
本当に本当に大好きです。
あとは仙台、山形、岩手の一部までの文化として秋の季節行事である「芋煮会」。
色づいた紅葉の中、河原で美味しい豚汁(山形は牛煮)を食べる楽しさは格別です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%8B%E7%85%AE%E4%BC%9A
これらが揃わないと「秋」という感じがしない!
東北人にとっての収穫祭でありながら、職場、友人、地域との交流の場となる必然の行事であるため、芋煮会が重なる年があれば大変。
ですが逆になんの輪にもはいいていなかったり、友達と企画したりしないと、「あれ?私今年一つも行かなかったなぁ~」という年もあります。
これらの食べ物や行事がそろってやっと秋がキターーーーーーーー!という気持ちになれます。
ただ今年はこれらの一つもありません。
外ではまだセミが鳴いているし、旧暦でやっと9月頭?笑。
そして急に寒くなって「秋」がないまま「冬」になって突然寒くなるよ~とみんなに言われる。
そこもまあ経験。今年しかできない経験ですし、奄美を楽しむのみです。
でも一つだけ。もしここに「金木犀」の香りがあったなら。
もし金木犀の香りが急にふわっとしたら、
間違いなく私は涙が出てきて実家に帰りたくなってしまうと思います。
なぜか昔から金木犀の匂いが私にとっての郷愁の香りの一つで、東京でも普通に歩いていてふっと金木犀の香りがすると急に仙台に帰りたくなる。
別に庭にあって必ず匂いがしていたわけではなく、学校の帰り道に嗅いだ匂いだな~程度なのですが、不思議。
アメリカにいた時は、なぜか雨の匂いでホームシックになっていました。
雨の匂いがすると、頭の中に「ふるさと」の曲の「いかにいます父母~」の部分が流れて、親たちを思い出す。
これも特に理由はないのでしょうけど、やはり匂いがさせることだったのだと思います。
そして今。金木犀はないけど、娘の小学校の夕読み前の歌が「ふるさと」。
これを流してから子どもたちがペアで本を読むのですが、「いかにいます父母~」のところで「あ…アメリカにいた時は雨の匂いでこの曲を思い出して、そしてこの歌詞で日本にいたお父さんとお母さんを思い出していたなぁ」と「アメリカのパパとママ」を思い出す…
一周廻って変な連想ゲームになっています。匂いや原体験ってすごいですね。
もし、「秋」を知らない奄美の方がいらっしゃったら、できれば北日本に行ってみてください。
Go Toを使ってでも、今年はそれどころではなくても、いつの日か。
美味しいもの、紅葉、秋の香り。どれも捨てがたいです。
SLA発起人
いや、言われてみれば私もかもしれない。
なんと言っても食べ物!
秋刀魚(岩手県の大船渡から美味しい美味しい秋刀魚を直送してもらっていましたが、近年は…涙)
鮭(今年は鮭もダメだそうです…涙)
いくら(鮭とセットですよね…)
といった海の幸だけではなく、
イチジク(子どものくせに甘露煮が大好き!何個も何個も欲しがります)
干し柿(これも必死に食らいつく)
梨(お隣の利府町というところも梨が有名。仲良し一家がいる埼玉の白岡市も梨が有名でたくさん送られてくる)
葡萄(シャインマスカットが何と言っても大好き!ママ友が一年に一回の贅沢!と言って大量買いして分けてくれる)
栗ご飯
そして宮城県の名物「はらこ飯」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%82%89%E3%81%93%E9%A3%AF
本当に本当に大好きです。
あとは仙台、山形、岩手の一部までの文化として秋の季節行事である「芋煮会」。
色づいた紅葉の中、河原で美味しい豚汁(山形は牛煮)を食べる楽しさは格別です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%8B%E7%85%AE%E4%BC%9A
これらが揃わないと「秋」という感じがしない!
東北人にとっての収穫祭でありながら、職場、友人、地域との交流の場となる必然の行事であるため、芋煮会が重なる年があれば大変。
ですが逆になんの輪にもはいいていなかったり、友達と企画したりしないと、「あれ?私今年一つも行かなかったなぁ~」という年もあります。
これらの食べ物や行事がそろってやっと秋がキターーーーーーーー!という気持ちになれます。
ただ今年はこれらの一つもありません。
外ではまだセミが鳴いているし、旧暦でやっと9月頭?笑。
そして急に寒くなって「秋」がないまま「冬」になって突然寒くなるよ~とみんなに言われる。
そこもまあ経験。今年しかできない経験ですし、奄美を楽しむのみです。
でも一つだけ。もしここに「金木犀」の香りがあったなら。
もし金木犀の香りが急にふわっとしたら、
間違いなく私は涙が出てきて実家に帰りたくなってしまうと思います。
なぜか昔から金木犀の匂いが私にとっての郷愁の香りの一つで、東京でも普通に歩いていてふっと金木犀の香りがすると急に仙台に帰りたくなる。
別に庭にあって必ず匂いがしていたわけではなく、学校の帰り道に嗅いだ匂いだな~程度なのですが、不思議。
アメリカにいた時は、なぜか雨の匂いでホームシックになっていました。
雨の匂いがすると、頭の中に「ふるさと」の曲の「いかにいます父母~」の部分が流れて、親たちを思い出す。
これも特に理由はないのでしょうけど、やはり匂いがさせることだったのだと思います。
そして今。金木犀はないけど、娘の小学校の夕読み前の歌が「ふるさと」。
これを流してから子どもたちがペアで本を読むのですが、「いかにいます父母~」のところで「あ…アメリカにいた時は雨の匂いでこの曲を思い出して、そしてこの歌詞で日本にいたお父さんとお母さんを思い出していたなぁ」と「アメリカのパパとママ」を思い出す…
一周廻って変な連想ゲームになっています。匂いや原体験ってすごいですね。
もし、「秋」を知らない奄美の方がいらっしゃったら、できれば北日本に行ってみてください。
Go Toを使ってでも、今年はそれどころではなくても、いつの日か。
美味しいもの、紅葉、秋の香り。どれも捨てがたいです。
SLA発起人
2020年10月18日
ローマ字WS無事終了
17日土曜日、無事にすべての「ローマ字WS」が終了。
それなりに高学年は指が動くようになり、低学年はそれを少し羨ましそう・もどかしいそうに見ながらも感覚をつかんで帰っていきました。
なんと3年生と5,6年生の手の大きさは、1関節分も違うのですね!たった2,3年でそんなに子どもの手は大きくなるんだ~とびっくり。
パソコンの普及率、2020年版がでていました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20200525-00179026/
全国的には横ばい、もしくは漸減のようです。
WS参加者の家庭は、「興味があってきてくれているはず」のメンバーなのに、それでも「家にPCはない!」「あるけど壊れている(らしい)」「あるけどネットに繋がらない」という調査結果で、やはり瀬戸内町の普及率は低いようです。
学校でとったアンケートをちゃんと発表すべきではないのかな…これで来年(本来は今年度のはずが)タブレットを配ったら、闇雲にタブレット(楽な方)に流れてしまうだけで、「20代を中心とした若年層が一番PCに弱い」という現実を打破できなくなってしまう。
https://webtan.impress.co.jp/n/2019/09/17/33951
国際学力調査「PISA」もこの点を懸念しています。
日本の子どもの読解力の低下が話題となっているが、もっと深刻な問題は世界で日本だけがデジタル化の潮流に逆行していることに。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/01/post-92085.php
考えてもみてください。
あなたがもし企業側の人間だったら、同じ新人を採用するのに(しかもこのコロナ禍で)PCを一から教えなければいけない若者と、すでに使いこなせて色んなことをクリエイティブに作成できる能力を持っている人だったらどちらを採用するか。
東京でNECなどのIT企業の研修講師をしているママ先輩が言っていましたが(父親が小学校の教員だったので転勤で子どものころ奄美に6年住んでいた!)、一人の若者のIT教育にお金をかけるのにどれぐらい時間と費用がかかることか!これからは益々そんな余裕はないのよ~!と。
もちろんこんな難しいことは子どもたちには説明しませんでした。
でも帰る直前まで繰り返し2つだけ覚えて帰ってね!と言ったことは、
①ローマ字は英語じゃないよ、日本語を表記するための記号だよ。(だから英語を習うときはローマ字読みしないでね←将来フォニックス発音に繋げたいから誤解を解きたい)
②じゃあなんでローマ字は大事?といえば、キーボードをブラインドタッチでタイピングするには不変で必要なスキルだからだよ。是非使えるようになろうね!←PCは特別スキルじゃない、当たり前のベーシックスキルであることの認識。
この二つです。
タッチタイピングにある程度自信がついた6年生男子チームは、無料タイピングレッスンページで何回か練習して楽しそうに帰っていきました。
「お母さんには、先生がゲームから入った方がいい!って言っていたよって言えばいいんだよね?」と。
…おいおい。そうは言っていないでしょ。全く!
でも可愛いから許そうかと思います。そして例えゲームがきっかけでも、PC操作に興味を持ち、使いこなせるようになればそれはそれでいい!
もちろん依存の問題もありますが、都会の子どもたちと違って奄美の子どもたちは、「どんなにゲームが楽しくても、この綺麗な海に飛び込んだり、魚を釣ることに熱中する体験がゲームの手を止めてくれる」という特権をもっています。
それはとても素晴らしいことなのです。
疲れたけど楽しいWSでしたー!また会おうね。
SLA発起人
それなりに高学年は指が動くようになり、低学年はそれを少し羨ましそう・もどかしいそうに見ながらも感覚をつかんで帰っていきました。
なんと3年生と5,6年生の手の大きさは、1関節分も違うのですね!たった2,3年でそんなに子どもの手は大きくなるんだ~とびっくり。
パソコンの普及率、2020年版がでていました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20200525-00179026/
全国的には横ばい、もしくは漸減のようです。
WS参加者の家庭は、「興味があってきてくれているはず」のメンバーなのに、それでも「家にPCはない!」「あるけど壊れている(らしい)」「あるけどネットに繋がらない」という調査結果で、やはり瀬戸内町の普及率は低いようです。
学校でとったアンケートをちゃんと発表すべきではないのかな…これで来年(本来は今年度のはずが)タブレットを配ったら、闇雲にタブレット(楽な方)に流れてしまうだけで、「20代を中心とした若年層が一番PCに弱い」という現実を打破できなくなってしまう。
https://webtan.impress.co.jp/n/2019/09/17/33951
国際学力調査「PISA」もこの点を懸念しています。
日本の子どもの読解力の低下が話題となっているが、もっと深刻な問題は世界で日本だけがデジタル化の潮流に逆行していることに。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/01/post-92085.php
考えてもみてください。
あなたがもし企業側の人間だったら、同じ新人を採用するのに(しかもこのコロナ禍で)PCを一から教えなければいけない若者と、すでに使いこなせて色んなことをクリエイティブに作成できる能力を持っている人だったらどちらを採用するか。
東京でNECなどのIT企業の研修講師をしているママ先輩が言っていましたが(父親が小学校の教員だったので転勤で子どものころ奄美に6年住んでいた!)、一人の若者のIT教育にお金をかけるのにどれぐらい時間と費用がかかることか!これからは益々そんな余裕はないのよ~!と。
もちろんこんな難しいことは子どもたちには説明しませんでした。
でも帰る直前まで繰り返し2つだけ覚えて帰ってね!と言ったことは、
①ローマ字は英語じゃないよ、日本語を表記するための記号だよ。(だから英語を習うときはローマ字読みしないでね←将来フォニックス発音に繋げたいから誤解を解きたい)
②じゃあなんでローマ字は大事?といえば、キーボードをブラインドタッチでタイピングするには不変で必要なスキルだからだよ。是非使えるようになろうね!←PCは特別スキルじゃない、当たり前のベーシックスキルであることの認識。
この二つです。
タッチタイピングにある程度自信がついた6年生男子チームは、無料タイピングレッスンページで何回か練習して楽しそうに帰っていきました。
「お母さんには、先生がゲームから入った方がいい!って言っていたよって言えばいいんだよね?」と。
…おいおい。そうは言っていないでしょ。全く!
でも可愛いから許そうかと思います。そして例えゲームがきっかけでも、PC操作に興味を持ち、使いこなせるようになればそれはそれでいい!
もちろん依存の問題もありますが、都会の子どもたちと違って奄美の子どもたちは、「どんなにゲームが楽しくても、この綺麗な海に飛び込んだり、魚を釣ることに熱中する体験がゲームの手を止めてくれる」という特権をもっています。
それはとても素晴らしいことなのです。
疲れたけど楽しいWSでしたー!また会おうね。
SLA発起人
2020年10月15日
セミと旧暦 in 奄美
最近の娘の体調不良に引きずられて、私も体調がすぐれない…
夜に腹痛や吐き気で起きる娘に付き合ってこちらも起きていたし、元々夜型のくせに幼稚園のお弁当作りで早起き。
昼仕事の合間にちょっと昼寝しないと身体が持たない。
が!セミが!!!セミがうるさい。
10月にセミが鳴く?普通鳴く?毎日耳を疑う。特に昼寝とはいえ寝ぼけていると、
「ここはどこだ?」「今何月だ?」と本気で迷うときがある。
大家さんに外で会って、「セミ、うるさいですね…」というと、
「あはは!12月近くまで鳴いているわよ」と普通に笑っている。
ま、大家さんは台風10号でも笑っていたから、なんでも笑って終わるけど。
今度は外を歩いていた集落の「世話好きおばさん」に同じことを愚痴る。
「あんた、そりゃそうよ。旧暦で言ったらまあーだ8月よ!旧暦で考えて見なさいよ~」と言われる。
…人生を旧暦で考えたことがなかったから、戸惑う東北人。
うううーん。ところ変わればだけど、12月近くになってもセミが鳴いていること、
旧暦で物事を考えること。
勉強になるなぁ。
とにかくセミに優しくなれるようになるにも、旧暦で物事を考えられるようになるにも、
身体が元気でないといけない。余裕がなくなる。
ちなみに旧暦、英語ではLunar Yearというが、「どうせ沖縄・奄美ぐらいの古い文化じゃん!」とバカにはできない。
何と言っても、世界人口のもの凄い割合を占める中国人、12億と言われている中国人が一斉に旧暦に則って動くものだから、
海外と取引(特にアジア)している会社にいくと、「あー、今週は何も動かないよ。旧正月だもん(または国慶節だもん)」ということがある。
あながち、集落のおばさんが言う「あんた、旧暦で考えなきゃだめよ!」は、間違いではない(笑)。
SLA発起人
夜に腹痛や吐き気で起きる娘に付き合ってこちらも起きていたし、元々夜型のくせに幼稚園のお弁当作りで早起き。
昼仕事の合間にちょっと昼寝しないと身体が持たない。
が!セミが!!!セミがうるさい。
10月にセミが鳴く?普通鳴く?毎日耳を疑う。特に昼寝とはいえ寝ぼけていると、
「ここはどこだ?」「今何月だ?」と本気で迷うときがある。
大家さんに外で会って、「セミ、うるさいですね…」というと、
「あはは!12月近くまで鳴いているわよ」と普通に笑っている。
ま、大家さんは台風10号でも笑っていたから、なんでも笑って終わるけど。
今度は外を歩いていた集落の「世話好きおばさん」に同じことを愚痴る。
「あんた、そりゃそうよ。旧暦で言ったらまあーだ8月よ!旧暦で考えて見なさいよ~」と言われる。
…人生を旧暦で考えたことがなかったから、戸惑う東北人。
うううーん。ところ変わればだけど、12月近くになってもセミが鳴いていること、
旧暦で物事を考えること。
勉強になるなぁ。
とにかくセミに優しくなれるようになるにも、旧暦で物事を考えられるようになるにも、
身体が元気でないといけない。余裕がなくなる。
ちなみに旧暦、英語ではLunar Yearというが、「どうせ沖縄・奄美ぐらいの古い文化じゃん!」とバカにはできない。
何と言っても、世界人口のもの凄い割合を占める中国人、12億と言われている中国人が一斉に旧暦に則って動くものだから、
海外と取引(特にアジア)している会社にいくと、「あー、今週は何も動かないよ。旧正月だもん(または国慶節だもん)」ということがある。
あながち、集落のおばさんが言う「あんた、旧暦で考えなきゃだめよ!」は、間違いではない(笑)。
SLA発起人
2020年10月14日
「頑張る」と「根性」
娘の体調は相変わらずアップダウンが激しく、発熱はないけども腹痛・吐き気・頭痛が元気な中でもサンドイッチのように挟まれてやってくる。
それでも学校の先生たちが配慮してくれるお陰で、体育を見学させてもらったり、具合が悪くならないように外遊びを止めてくれたり(これがじゃじゃ馬には難しい!)、スポーツテストの走る部分を先送りしてくれたり。
本当に有難いです。
特に校長先生は、「運動会の頑張りすぎが原因よ。子どもは自分でも気が付かないだけで、相当疲れているんだから。心も身体も」
とおっしゃってくれて、娘が張り切り過ぎないように目を光らせてくれています。
普段とても「怖い」というと語弊があるけど(笑)、「厳しい」先生なので、娘いわく「私ばかりしょっちゅう怒られるんだよ」とのこと。
「あのね、そりゃ子どもたちがわちゃわちゃしていれば、あなたが代表で叱られても仕方ないでしょ?」と言っても納得できない様子。
でも今回、普段の厳しい校長先生が様々な部分で気にかけてくれて優しい言葉をかけてくれることで、これまでの自分の見方を反省したらしく、「校長先生は普段怖くても(そうしか言えないらしい)、本当は優しいんだね!」と言っています。
私は「厳しい!」と言いなさい、と訂正していますが。
集落で子どもたちの様子をよく見てくれるあっけらかんとした面白おばさん。
何かと娘を見つけては「あんた、来年も奄美に残りなさい!運動会もあんたがいなくなったら成立しないでしょ!」と引き留め作戦にでてくれますが、1年だけ!と自分なりに決めて留学に来た娘には響かないらしく、残る気はないそうです(笑)。
その面白おばさんにも昨日久々に会い、娘が夏バテして体調を崩していることを言うと、速攻で、
「休ませてあげなさいよ、あなた。普段、あんなに頑張っているんだから、疲れるの当たり前よ~!!!」と(なぜか)喝を入れられました。
「そうですかね。なんか休ませることに抵抗はあったんですけど…(仕方ないですよね~)」と言おうとしたら、
「頑張る子には休息が必要なのよ!いいのよ、休ませなさい!」と。
本当に涙が出る思いです。ただただ元気いっぱいのじゃじゃ馬娘だということだけではなく、普段から頑張って色々なことに取り組んでいる姿を見ていてくれるんだな~と嬉しくなりました。
そして息子を迎えに幼稚園に行った帰り道。
大好きな大好きなマザーテレサのような園長先生。娘の顔を見て「あら、元気がないですね」とすぐにビンゴ。
「ずっと体調不良なんです。」と軽く説明したのですが、別れる時には「頑張りすぎは良くありませんよ。ゆっくり治してくださいね」と一瞬で悟られました。
娘もびっくりした様でした。何も説明していないのに、すごいね、と。
私は体力がありません。すぐ風邪を引くし、持久力がないし、それがネックでずっと運動不足です。
そんな私ですが、実は我が家(実家)は「超体育会系一家」
「野球」命で生きてきた父の下、弟も同じ道を歩み、食卓での話題は常に野球。テレビも野球中継。
近所の少年野球から、中学のシニアリーグ、高校野球の勢力図、そしてプロ野球。
ドラフト会議に指名された経歴を持つぐらいの野球人生を進んだ父にしてみれば、それぐらいは当然ですが、
野球に染められた会話は、私にはまったくの「???」状態。
人生のすべてを野球に例えるときがあります。「あー、それはセカンドがエラーして・・・が間違ってXXXXしたようなもんだな」など。
なんでも野球に置き換えるなよ!と言いたい。
だったら私だって、「それは関係代名詞の非制限用法と制限用法の違いぐらいの大きな差だよね~」とか言いたいよ(怒)!
そして仕舞いには何かできないこと、辛いことがあるとすぐに「根性だ、根性!」で片づける。
世のなかの大抵のことは「根性」で解決できると(ほぼ)本気で思っている!
これには母も呆れますが、もう誰も言い返せない。
根性で病気が治るか?根性でストレスが消えるか?根性で学力の見合わない大学に入れるのか?(ま、入れるぐらい勉強すればいいのかもしれませんが)。
とにかくこればかりで片づけられるので、子どもの頃からこの「根性だ、根性!」というのが「巨人の星」みたいで大嫌いでした。
ま、今となればこれも飲みの場所でのネタになる話ではあるのですが。
何しろ父のたくさんの珍エピソードがあるので。
一度、「中核派」の親に育てられて、自分も共産主義の研究をしている友人に愚痴っていたとき、
「父は典型的体育会系の右側の人間。私は文系の左側の人間だもん…合う分けないよね~」と言ったら、
「極右と極左はぐるっと回るとくっつくから、意外と同じことを主張するらしいよ。だから全く合わないわけではないんじゃない?」と言われたことがあります。
「あ~なるほど!…って、私は極左ではないよ!」と突っ込み返しましたが。
なんでも根性で通そうとする私の父。
そんな父も歳をとって丸くなり、孫ができて「典型的、かつちょっと変な」孫バカじじいになりました。
ここのところ娘の体調不良が長引いていることを心配して毎晩電話をかけてきます。
「大丈夫か?ちゃんと食べているか?病院にいかなくて大丈夫か?」
おいおい、「根性」はどこへいった?娘には言ったことないよね、それ。
「死語」と「流行語」の新陳代謝が激しい日本語。その柔軟性には驚かされるばかりですが、時代を超えて超えていく言葉と新しい言葉が生まれるのは古今東西共通な話。
令和に「根性」は残るのでしょうか。いつか消滅するかな…
SLA発起人
それでも学校の先生たちが配慮してくれるお陰で、体育を見学させてもらったり、具合が悪くならないように外遊びを止めてくれたり(これがじゃじゃ馬には難しい!)、スポーツテストの走る部分を先送りしてくれたり。
本当に有難いです。
特に校長先生は、「運動会の頑張りすぎが原因よ。子どもは自分でも気が付かないだけで、相当疲れているんだから。心も身体も」
とおっしゃってくれて、娘が張り切り過ぎないように目を光らせてくれています。
普段とても「怖い」というと語弊があるけど(笑)、「厳しい」先生なので、娘いわく「私ばかりしょっちゅう怒られるんだよ」とのこと。
「あのね、そりゃ子どもたちがわちゃわちゃしていれば、あなたが代表で叱られても仕方ないでしょ?」と言っても納得できない様子。
でも今回、普段の厳しい校長先生が様々な部分で気にかけてくれて優しい言葉をかけてくれることで、これまでの自分の見方を反省したらしく、「校長先生は普段怖くても(そうしか言えないらしい)、本当は優しいんだね!」と言っています。
私は「厳しい!」と言いなさい、と訂正していますが。
集落で子どもたちの様子をよく見てくれるあっけらかんとした面白おばさん。
何かと娘を見つけては「あんた、来年も奄美に残りなさい!運動会もあんたがいなくなったら成立しないでしょ!」と引き留め作戦にでてくれますが、1年だけ!と自分なりに決めて留学に来た娘には響かないらしく、残る気はないそうです(笑)。
その面白おばさんにも昨日久々に会い、娘が夏バテして体調を崩していることを言うと、速攻で、
「休ませてあげなさいよ、あなた。普段、あんなに頑張っているんだから、疲れるの当たり前よ~!!!」と(なぜか)喝を入れられました。
「そうですかね。なんか休ませることに抵抗はあったんですけど…(仕方ないですよね~)」と言おうとしたら、
「頑張る子には休息が必要なのよ!いいのよ、休ませなさい!」と。
本当に涙が出る思いです。ただただ元気いっぱいのじゃじゃ馬娘だということだけではなく、普段から頑張って色々なことに取り組んでいる姿を見ていてくれるんだな~と嬉しくなりました。
そして息子を迎えに幼稚園に行った帰り道。
大好きな大好きなマザーテレサのような園長先生。娘の顔を見て「あら、元気がないですね」とすぐにビンゴ。
「ずっと体調不良なんです。」と軽く説明したのですが、別れる時には「頑張りすぎは良くありませんよ。ゆっくり治してくださいね」と一瞬で悟られました。
娘もびっくりした様でした。何も説明していないのに、すごいね、と。
私は体力がありません。すぐ風邪を引くし、持久力がないし、それがネックでずっと運動不足です。
そんな私ですが、実は我が家(実家)は「超体育会系一家」
「野球」命で生きてきた父の下、弟も同じ道を歩み、食卓での話題は常に野球。テレビも野球中継。
近所の少年野球から、中学のシニアリーグ、高校野球の勢力図、そしてプロ野球。
ドラフト会議に指名された経歴を持つぐらいの野球人生を進んだ父にしてみれば、それぐらいは当然ですが、
野球に染められた会話は、私にはまったくの「???」状態。
人生のすべてを野球に例えるときがあります。「あー、それはセカンドがエラーして・・・が間違ってXXXXしたようなもんだな」など。
なんでも野球に置き換えるなよ!と言いたい。
だったら私だって、「それは関係代名詞の非制限用法と制限用法の違いぐらいの大きな差だよね~」とか言いたいよ(怒)!
そして仕舞いには何かできないこと、辛いことがあるとすぐに「根性だ、根性!」で片づける。
世のなかの大抵のことは「根性」で解決できると(ほぼ)本気で思っている!
これには母も呆れますが、もう誰も言い返せない。
根性で病気が治るか?根性でストレスが消えるか?根性で学力の見合わない大学に入れるのか?(ま、入れるぐらい勉強すればいいのかもしれませんが)。
とにかくこればかりで片づけられるので、子どもの頃からこの「根性だ、根性!」というのが「巨人の星」みたいで大嫌いでした。
ま、今となればこれも飲みの場所でのネタになる話ではあるのですが。
何しろ父のたくさんの珍エピソードがあるので。
一度、「中核派」の親に育てられて、自分も共産主義の研究をしている友人に愚痴っていたとき、
「父は典型的体育会系の右側の人間。私は文系の左側の人間だもん…合う分けないよね~」と言ったら、
「極右と極左はぐるっと回るとくっつくから、意外と同じことを主張するらしいよ。だから全く合わないわけではないんじゃない?」と言われたことがあります。
「あ~なるほど!…って、私は極左ではないよ!」と突っ込み返しましたが。
なんでも根性で通そうとする私の父。
そんな父も歳をとって丸くなり、孫ができて「典型的、かつちょっと変な」孫バカじじいになりました。
ここのところ娘の体調不良が長引いていることを心配して毎晩電話をかけてきます。
「大丈夫か?ちゃんと食べているか?病院にいかなくて大丈夫か?」
おいおい、「根性」はどこへいった?娘には言ったことないよね、それ。
「死語」と「流行語」の新陳代謝が激しい日本語。その柔軟性には驚かされるばかりですが、時代を超えて超えていく言葉と新しい言葉が生まれるのは古今東西共通な話。
令和に「根性」は残るのでしょうか。いつか消滅するかな…
SLA発起人