2021年05月28日
奄美で辛かったこと②
「奄美で辛かったこと①」に書いた「お願いだから晴れてくれ~(運動会のために)」の願いは聞き入れられず、
結局1日順延。土曜日から日曜日に変更に。
奄美だったらあんな程度の雨だったら決行していただろうなぁ~あの程度の小雨で午後に曇りとわかっていれば。
事実去年は結構な雨の中で開会式をし、そのあと少しずつ晴れてきた。
校長先生が「ほらね、やっちゃえばどうにかなるのよぉ~!曇りぐらいがちょうどいいでしょ!」と得意気。
さて、今年の東京の小学校での運動会。
問題は「見学者は2名まで」の制限である。そして惨いことに「未就学児もカウントする」という注意書き付き…
つまり、夫、私で行こうとすると、4歳弟は中にも入れない。
だからと言って一人外に置いておくわけにもいかない。校庭にある小さいが結構深い亀の池に確実に落ちて大騒ぎになるだろうし、
放置子で通報されちゃう笑!
我が家が見学できる種目は、朝イチに行われる学年別表現と競技(今年はソーラン節と台風の目)。
そして午後最後をしめくくる花形競技の「高学年リレー戦」の二つ。
それでもラッキーだ。リレー戦がない子の親たちは朝だけで終了。
夫に言うと、
「俺、別にソーラン節観なくていいよ。君が行っておいでよ。あいつ(息子)と一緒に家で留守番するよ」と(嬉しそうに)オファーされた。
ま、正直我が家は「走り」にだけ命を懸けているので、私もソーラン節は観なくても死にはしないが、
さすがにあれだけ一生懸命練習している娘がそれを許すはずもなく、
「じゃあ、朝イチ8時30には並ばなければいけないけど、まあ行ってくるわ…」ということに。
「うちの旦那、ソーラン節には興味がないって言われた!」と近所のママたちに愚痴ると、
「うちなんて、それって俺がいくやつ?と質問されたよ」とか、
「ビデオ回せばいいんでしょ?だよ、うちなんて」
…と同じような反応で、まだまだこの大都会にも「昭和の父たち」が存在しているようだ。
学校行事を母親任せにして(怒)!!!時代は令和だぞ!
ま、我が家はそれでも人数制限さえなければ絶対に習慣としてすべてに参加するタイプだから、今回ばかりは仕方がないが。
そして問題は午後のリレー戦。
こちらは夫婦共々どうしても観たい!なんなら仙台の実家の祖父も駆けつけて一緒に観たいぐらい命がけだ。
毎年学年一位(2クラス60人、男女混合)の座を譲らずにここまで来たのだから、これは命がけでも頑張らなければならない。
そこでもはや「邪魔扱い」となる息子は、彼の保育園時代に仲良くしていた一家に預かってもらうことにした。
第2子はこういう時可哀想だ。娘のときは初めての保育園・幼稚園だったからこちらも一生懸命友だちづくりをしたが、
二人目となると上の子の友人関係にそのままドナドナされて連れていかれるだけだから、「その子の友だち」が少ない!
我が家の場合は本当にその限定された一家ぐらいだろう。一緒にご飯を食べたり遊びに行ったりする家族。
そのパパもママも「いいよ~ゆっくり行っておいで~遊ばせておくから!」と快諾してくれたので、実質30分だが心置きなく見学に行けた。
ま、結果は…
娘が奄美に行っている間に「南米チリ」からイケメン、頭脳明晰、英語ペラペラ、そして俊足の帰国子女男子が転校してきており、噂にはなっていたのだが、娘はその令和の出木杉君に見事に負けてしまった…
練習の時から「コンマ3秒負けた!」とか「これぐらい(手であらわして)負けた!」とかいう事前情報はあったが、当日は夫婦で驚愕…
スターターを二人が希望して走ったのだが、その子がデカい!なんとデカくて出来上がった身体つき!歩幅もバネも全然違うじゃん!という結果。
それでも娘はその子に食らいつき、3位と4位を引き離して次へバトンタッチ。
周りは「すごいじゃん、女の子なのに2位だなんて!」、「2位じゃダメなの?」と褒めてくれても、
「ダメ~!」と私は蓮舫たちに反論した!
せめて今年までは勝って欲しかった…5,6年生になればどうしても体力に差が出てくる。だから4年生をラストチャンスに。
ただ偉かった。本当に偉かった。彼女は練習で負けていても「当日勝ちたい!って想いが強い方が勝つんでしょ?」と言い、
そのライバルが選ぶであろうスターターを自ら希望し、周りがわかりやすいライバル対決に持ち込んだ。
彼があんなにデカいこと、彼のお父さんが陸上選手だったことも教えてくれなかったし(後でびっくりしたけど)、
とにかく何の言い訳もせずに頑張ったのだ。
帰り道。夫と肩を落として息子を迎えに行きながら、そのお友だちパパママに報告。
「いいじゃん、立派じゃん」とは言ってくれたが、私は脱力してそのまま椅子に座りこんでいた。
息子とお友だちは遊び足りずにずっと外を走り続けている。それを追いかける夫。
私には無理…そんな気力も体力も残っていない。
あ~。こういう時は助かるな。お父さんがいると。
自分が優先で学校に見学に行けたし、
疲れていても子どもを見ていてもらえる。
悔しさもその場で共有できる。
奄美にいた1年数か月はこれができなくて本当に辛かった。いわゆる「ワンオペ育児」
物理的にも東京と奄美で離れて、しかも最初の半年は来島も自粛していたから心理的にも辛かった。
そのうち友だちも増え、夫も検査を受けて気を付けて来島するようになり、優しい大家さんにも恵まれて
「みんなに」子どもたちを見てもらえるようになってからは本当に気分が楽になった。
でもちょうど1年前を思い出す。第一回目の緊急事態宣言が解除されたのは5月25日。
そこまでの奄美「ワンオペ育児」生活は、二度とやりたくない…
結局1日順延。土曜日から日曜日に変更に。
奄美だったらあんな程度の雨だったら決行していただろうなぁ~あの程度の小雨で午後に曇りとわかっていれば。
事実去年は結構な雨の中で開会式をし、そのあと少しずつ晴れてきた。
校長先生が「ほらね、やっちゃえばどうにかなるのよぉ~!曇りぐらいがちょうどいいでしょ!」と得意気。
さて、今年の東京の小学校での運動会。
問題は「見学者は2名まで」の制限である。そして惨いことに「未就学児もカウントする」という注意書き付き…
つまり、夫、私で行こうとすると、4歳弟は中にも入れない。
だからと言って一人外に置いておくわけにもいかない。校庭にある小さいが結構深い亀の池に確実に落ちて大騒ぎになるだろうし、
放置子で通報されちゃう笑!
我が家が見学できる種目は、朝イチに行われる学年別表現と競技(今年はソーラン節と台風の目)。
そして午後最後をしめくくる花形競技の「高学年リレー戦」の二つ。
それでもラッキーだ。リレー戦がない子の親たちは朝だけで終了。
夫に言うと、
「俺、別にソーラン節観なくていいよ。君が行っておいでよ。あいつ(息子)と一緒に家で留守番するよ」と(嬉しそうに)オファーされた。
ま、正直我が家は「走り」にだけ命を懸けているので、私もソーラン節は観なくても死にはしないが、
さすがにあれだけ一生懸命練習している娘がそれを許すはずもなく、
「じゃあ、朝イチ8時30には並ばなければいけないけど、まあ行ってくるわ…」ということに。
「うちの旦那、ソーラン節には興味がないって言われた!」と近所のママたちに愚痴ると、
「うちなんて、それって俺がいくやつ?と質問されたよ」とか、
「ビデオ回せばいいんでしょ?だよ、うちなんて」
…と同じような反応で、まだまだこの大都会にも「昭和の父たち」が存在しているようだ。
学校行事を母親任せにして(怒)!!!時代は令和だぞ!
ま、我が家はそれでも人数制限さえなければ絶対に習慣としてすべてに参加するタイプだから、今回ばかりは仕方がないが。
そして問題は午後のリレー戦。
こちらは夫婦共々どうしても観たい!なんなら仙台の実家の祖父も駆けつけて一緒に観たいぐらい命がけだ。
毎年学年一位(2クラス60人、男女混合)の座を譲らずにここまで来たのだから、これは命がけでも頑張らなければならない。
そこでもはや「邪魔扱い」となる息子は、彼の保育園時代に仲良くしていた一家に預かってもらうことにした。
第2子はこういう時可哀想だ。娘のときは初めての保育園・幼稚園だったからこちらも一生懸命友だちづくりをしたが、
二人目となると上の子の友人関係にそのままドナドナされて連れていかれるだけだから、「その子の友だち」が少ない!
我が家の場合は本当にその限定された一家ぐらいだろう。一緒にご飯を食べたり遊びに行ったりする家族。
そのパパもママも「いいよ~ゆっくり行っておいで~遊ばせておくから!」と快諾してくれたので、実質30分だが心置きなく見学に行けた。
ま、結果は…
娘が奄美に行っている間に「南米チリ」からイケメン、頭脳明晰、英語ペラペラ、そして俊足の帰国子女男子が転校してきており、噂にはなっていたのだが、娘はその令和の出木杉君に見事に負けてしまった…
練習の時から「コンマ3秒負けた!」とか「これぐらい(手であらわして)負けた!」とかいう事前情報はあったが、当日は夫婦で驚愕…
スターターを二人が希望して走ったのだが、その子がデカい!なんとデカくて出来上がった身体つき!歩幅もバネも全然違うじゃん!という結果。
それでも娘はその子に食らいつき、3位と4位を引き離して次へバトンタッチ。
周りは「すごいじゃん、女の子なのに2位だなんて!」、「2位じゃダメなの?」と褒めてくれても、
「ダメ~!」と私は蓮舫たちに反論した!
せめて今年までは勝って欲しかった…5,6年生になればどうしても体力に差が出てくる。だから4年生をラストチャンスに。
ただ偉かった。本当に偉かった。彼女は練習で負けていても「当日勝ちたい!って想いが強い方が勝つんでしょ?」と言い、
そのライバルが選ぶであろうスターターを自ら希望し、周りがわかりやすいライバル対決に持ち込んだ。
彼があんなにデカいこと、彼のお父さんが陸上選手だったことも教えてくれなかったし(後でびっくりしたけど)、
とにかく何の言い訳もせずに頑張ったのだ。
帰り道。夫と肩を落として息子を迎えに行きながら、そのお友だちパパママに報告。
「いいじゃん、立派じゃん」とは言ってくれたが、私は脱力してそのまま椅子に座りこんでいた。
息子とお友だちは遊び足りずにずっと外を走り続けている。それを追いかける夫。
私には無理…そんな気力も体力も残っていない。
あ~。こういう時は助かるな。お父さんがいると。
自分が優先で学校に見学に行けたし、
疲れていても子どもを見ていてもらえる。
悔しさもその場で共有できる。
奄美にいた1年数か月はこれができなくて本当に辛かった。いわゆる「ワンオペ育児」
物理的にも東京と奄美で離れて、しかも最初の半年は来島も自粛していたから心理的にも辛かった。
そのうち友だちも増え、夫も検査を受けて気を付けて来島するようになり、優しい大家さんにも恵まれて
「みんなに」子どもたちを見てもらえるようになってからは本当に気分が楽になった。
でもちょうど1年前を思い出す。第一回目の緊急事態宣言が解除されたのは5月25日。
そこまでの奄美「ワンオペ育児」生活は、二度とやりたくない…
2021年05月19日
奄美で辛かったこと①
今日は東京は雨。奄美も60%と天気予報で出ていたからきっと同じかな。
ま、雨に慣れている奄美の人には大したことではないでしょうけど。
片頭痛持ちの私には、辛かったーーーーーーーーー!そして小学生の娘にも。
気象病に近かったのかもしれませんね。なんせあんだけ低気圧に襲われれば、そりゃあ頭も痛くなるしだるくもなる。
自律神経やられっぱなし。
私も娘も相当苦しみました。あれさえなければもっともっと楽に去年のこの時期を過ごせていたはず。
ただいま東京はご存じの通り緊急事態宣言下で様々な不自由さの中で生活しております…
が、思ったほどではありません。
学校に普通に行けているからというのと、在宅勤務が浸透してきていてそれがうまい具合に子育てしやすい環境を生んでくれているからかと思います。
これが去年の今頃のような休校措置や外出(ほぼ完全)自粛みたいな空気になれば、全然違うと思いますが。
娘の学校。
非常にアナログです。東京のど真ん中でこりゃヤバイな…と思うぐらい、下町ならではの「根性論」が根付いている。
なのでごくごく最近までPTAのプリントもハードでしたし、今年やっと本部役員のZOOM会議が開始されるそうです。
隣の学校では去年の緊急事態宣言中から始まっていたし、もっと向こう側にある学校は数年前から紙での手紙配布は廃止されてすべてデジタル化されていたのに。
紙文化だけは企業でもそうですが、本当にどうにかしないと「エコじゃないし、効率が悪い!」
これだけみんながスマホを見ながら生活していて(むしろ歩きスマホやスマホ依存という問題を抱えるほど)浸透しているのに、
そこで解決できるペーパーレスの問題をどうにもできななんて…
反対派には「ガラケーの人もいるので」というが、それこそ「そういう人にだけハードで配ればいい!」
多様性は認めつつ、効率性を目指せない(目指そうとしない)姿勢がもったいないと思います。
という下町文化の残る東京アナログ小学校。
今週末「意地でも運動会を」やってくれます!すごいです。
軒並み近隣の小学校が延期やキャンセルを宣言しているなか、「どうにかやりたい」とのこと。
親たちは自分の子の学年の時にだけ校庭に入ることができます(もともと狭い)。
子どもたちは1学年だけ見学で残り、残りの学年は教室でライブ中継です。
そして「表現」「団体競技」の2つだけを午前中に学年ごと見学し、午後は選ばれた選手による「低学年リレー」と「高学年リレー」のみです。
そして個人の徒競走はなんと6月に回して分散しておこなう!
そうなるとリレー選手以外は午前中のたった20分程度で終了。
でもそこまでしても「運動会を決行したい!」そうです。
うちの学校らしいなぁ~と思います。
確かにPTAの運営などはとてもアナログです。でも行事への想いは「熱い」のです。
ただの「根性論」で「非合理的」かもしれませんが、
どこかの記事で話題になっていた「なんで五輪はやるのに、運動会は中止なの」と泣いていたという小3の男の子のことを考えると、
「(もともと国際政治でしかない)五輪はどうでもいいから、うちの学校の運動会はやってくれ!」
というのが私の本音。
なので、根性で乗り切ってくれようとする先生たちに感謝しかありません。
あとは晴れるだけ。
奄美の梅雨の頭痛も本当に辛かったけど、ここまで頑張ってくれている先生たち、
リレーの選手に選ばれて朝練、自主練、根性で乗り切ろうとしている我が娘のことを思うと辛い。心が痛む。
「降水確率60%」に頭を悩ませながら、お願い!晴れてーーーと祈っております。
ま、雨に慣れている奄美の人には大したことではないでしょうけど。
片頭痛持ちの私には、辛かったーーーーーーーーー!そして小学生の娘にも。
気象病に近かったのかもしれませんね。なんせあんだけ低気圧に襲われれば、そりゃあ頭も痛くなるしだるくもなる。
自律神経やられっぱなし。
私も娘も相当苦しみました。あれさえなければもっともっと楽に去年のこの時期を過ごせていたはず。
ただいま東京はご存じの通り緊急事態宣言下で様々な不自由さの中で生活しております…
が、思ったほどではありません。
学校に普通に行けているからというのと、在宅勤務が浸透してきていてそれがうまい具合に子育てしやすい環境を生んでくれているからかと思います。
これが去年の今頃のような休校措置や外出(ほぼ完全)自粛みたいな空気になれば、全然違うと思いますが。
娘の学校。
非常にアナログです。東京のど真ん中でこりゃヤバイな…と思うぐらい、下町ならではの「根性論」が根付いている。
なのでごくごく最近までPTAのプリントもハードでしたし、今年やっと本部役員のZOOM会議が開始されるそうです。
隣の学校では去年の緊急事態宣言中から始まっていたし、もっと向こう側にある学校は数年前から紙での手紙配布は廃止されてすべてデジタル化されていたのに。
紙文化だけは企業でもそうですが、本当にどうにかしないと「エコじゃないし、効率が悪い!」
これだけみんながスマホを見ながら生活していて(むしろ歩きスマホやスマホ依存という問題を抱えるほど)浸透しているのに、
そこで解決できるペーパーレスの問題をどうにもできななんて…
反対派には「ガラケーの人もいるので」というが、それこそ「そういう人にだけハードで配ればいい!」
多様性は認めつつ、効率性を目指せない(目指そうとしない)姿勢がもったいないと思います。
という下町文化の残る東京アナログ小学校。
今週末「意地でも運動会を」やってくれます!すごいです。
軒並み近隣の小学校が延期やキャンセルを宣言しているなか、「どうにかやりたい」とのこと。
親たちは自分の子の学年の時にだけ校庭に入ることができます(もともと狭い)。
子どもたちは1学年だけ見学で残り、残りの学年は教室でライブ中継です。
そして「表現」「団体競技」の2つだけを午前中に学年ごと見学し、午後は選ばれた選手による「低学年リレー」と「高学年リレー」のみです。
そして個人の徒競走はなんと6月に回して分散しておこなう!
そうなるとリレー選手以外は午前中のたった20分程度で終了。
でもそこまでしても「運動会を決行したい!」そうです。
うちの学校らしいなぁ~と思います。
確かにPTAの運営などはとてもアナログです。でも行事への想いは「熱い」のです。
ただの「根性論」で「非合理的」かもしれませんが、
どこかの記事で話題になっていた「なんで五輪はやるのに、運動会は中止なの」と泣いていたという小3の男の子のことを考えると、
「(もともと国際政治でしかない)五輪はどうでもいいから、うちの学校の運動会はやってくれ!」
というのが私の本音。
なので、根性で乗り切ってくれようとする先生たちに感謝しかありません。
あとは晴れるだけ。
奄美の梅雨の頭痛も本当に辛かったけど、ここまで頑張ってくれている先生たち、
リレーの選手に選ばれて朝練、自主練、根性で乗り切ろうとしている我が娘のことを思うと辛い。心が痛む。
「降水確率60%」に頭を悩ませながら、お願い!晴れてーーーと祈っております。
2021年05月15日
拝啓奄美大島
拝啓このブログ読んでいるあなたは、どこで何をしているのです
2021年の私には誰にも話せない悩みの種があるのです
今日も奄美シックです。でもこちらは天気が良かったし、ママ友と思いっきりお茶ができたのでちょっとは気が楽だったかな。
今日会ったママ友は、私以上?同じ?にぶっ飛んでいます。
ご主人がコロンビア人、娘がうちの子と同じクラス、弟が今年1年生なのですが、
2020年の我が家が奄美に出発した全く同じタイミングで
パパ、娘、息子の3人をコロンビアに半年間里帰りさせてしまいました!自分は東京に残って。
ウチと逆バージョンです。
子どもたちは東京でただ暮らしてても、生きる力なんて身につかない。パパの国(大変危険なことで有名な)コロンビアの空気を感じ(決して危ない目にあえという意味ではなく)、アイデンティティを感じて、たくましく帰ってきて欲しい。
そう思って3人を送り出したのです。弟君はまた保育園の年長。ママなしですごい!
※ママっ子だったから絶対半年もたないと思って、お迎えにいく覚悟だったのに、行きの飛行機で「ママがいない~」と1度泣いただけで、その後半年(+想定外の2か月)、1度も泣かず、帰国の時に迎えに行った空港でもケロっとしていたそうです笑。
そして彼らも想定外のコロナパンデミックの犠牲者。
せっかく楽しもうと思っていたあちらでの学校生活も、オンライン化となりたどたどしいスペイン語ではついていけないために諦めることとなり、
近所のダンス・アート・ミュージック教室と、家に来てくれたホームスクールの先生で乗り切ったとか。
でもそれなりに楽しかったようで、我が娘と同様「ますます逞しく」なって帰ってきました。
そのママと今日は3時間ぐらいお茶をしたのですが、結論!!!
「人と同じ道では勝てない。これからの世の中変わったことを考えたりやったりできる人しか生き残れない」
そして、私の最近の座右の銘。
「規格外が付加価値!」
で合意しました。
そのママも教育学部出身。学校が大嫌いだったそうで、なんで学校ってあんなに嫌なところなんだろう?という思いから学部を選んだそうです。
私は逆に学校が大好きで、良いところだと信じて疑わなかった。
でもそれは「国に都合の良い人材を教育するための都合の良い標準化機関だったことを知ってショックだった」と言ったら、笑っていました。
大学院の博士課程まで時間がかかった…もったいないことをした笑。
アンジェラ・アキさん。
あなたの歌詞は素晴らしい!でも手紙でもっと先にそのことを教えてくれれば、学費を抑えられたきがします、私笑。
SLA
2021年の私には誰にも話せない悩みの種があるのです
今日も奄美シックです。でもこちらは天気が良かったし、ママ友と思いっきりお茶ができたのでちょっとは気が楽だったかな。
今日会ったママ友は、私以上?同じ?にぶっ飛んでいます。
ご主人がコロンビア人、娘がうちの子と同じクラス、弟が今年1年生なのですが、
2020年の我が家が奄美に出発した全く同じタイミングで
パパ、娘、息子の3人をコロンビアに半年間里帰りさせてしまいました!自分は東京に残って。
ウチと逆バージョンです。
子どもたちは東京でただ暮らしてても、生きる力なんて身につかない。パパの国(大変危険なことで有名な)コロンビアの空気を感じ(決して危ない目にあえという意味ではなく)、アイデンティティを感じて、たくましく帰ってきて欲しい。
そう思って3人を送り出したのです。弟君はまた保育園の年長。ママなしですごい!
※ママっ子だったから絶対半年もたないと思って、お迎えにいく覚悟だったのに、行きの飛行機で「ママがいない~」と1度泣いただけで、その後半年(+想定外の2か月)、1度も泣かず、帰国の時に迎えに行った空港でもケロっとしていたそうです笑。
そして彼らも想定外のコロナパンデミックの犠牲者。
せっかく楽しもうと思っていたあちらでの学校生活も、オンライン化となりたどたどしいスペイン語ではついていけないために諦めることとなり、
近所のダンス・アート・ミュージック教室と、家に来てくれたホームスクールの先生で乗り切ったとか。
でもそれなりに楽しかったようで、我が娘と同様「ますます逞しく」なって帰ってきました。
そのママと今日は3時間ぐらいお茶をしたのですが、結論!!!
「人と同じ道では勝てない。これからの世の中変わったことを考えたりやったりできる人しか生き残れない」
そして、私の最近の座右の銘。
「規格外が付加価値!」
で合意しました。
そのママも教育学部出身。学校が大嫌いだったそうで、なんで学校ってあんなに嫌なところなんだろう?という思いから学部を選んだそうです。
私は逆に学校が大好きで、良いところだと信じて疑わなかった。
でもそれは「国に都合の良い人材を教育するための都合の良い標準化機関だったことを知ってショックだった」と言ったら、笑っていました。
大学院の博士課程まで時間がかかった…もったいないことをした笑。
アンジェラ・アキさん。
あなたの歌詞は素晴らしい!でも手紙でもっと先にそのことを教えてくれれば、学費を抑えられたきがします、私笑。
SLA
2021年05月12日
今日も心は奄美にぶっ飛んで行っている
本日の東京…曇り?雨にならないはずだけど、よくわからないな…
娘は午前授業だったらしく、公園にぶっ飛んで行っているようです。
「〇〇公園にいか」…というメールが来ました。
行かないの?行くの?どっちだーーー!「行く」の打ち間違いだと信じてGPSでキッズ携帯の行方を追ってみたら、
案の定公園に赤印。
去年の3年生から開始された「公園集合」祭りに4年生からデビューしたため、
まだまだ初心者の娘は毎回ウキウキ。
誰が集まってくるのか、どんな遊びをするのか。
学校で誘ったり誘われたりした瞬間から、もう公園遊びモード全開。
私が子供のころはそれが当たり前で、公園なんてむしろ必要がないくらいどこもかしこも遊びの場だったし、
そもそも学校から家に帰ってくるまでに鬼ごっこや高鬼、色鬼(鬼ばっかりだ笑)、いろいろな遊びをしているから帰宅が遅い遅い。
それでも文句を言わなかった親たちは、現代の母親たちよりも心が広かったのだと思います。
私ならブチ切れていた!!!
娘は公園にぶっ飛んで行っていますが、私の心は奄美にぶっ飛んで行っています…
帰京して1か月半にもなるのに、まだ慣れないこの感じ。
頭をよぎるのは奄美の緑と青。
そのうち時間が経てばもちろん今いる場所に慣れてきて、なんてことのない日常に戻るのでしょうけど、
天気予報で「沖縄・奄美地方は…」と聞くたびに、
ニュースで鹿児島の地方ニュースが流れるたびに、
世界自然遺産登録の話に、
マギー審司のような耳になってしまう自分。
そんなとき、このブログを読んでくれている方(東京在住)から突然連絡をいただきました。
単純にランゲージ・アーツに興味があるとのことで、話をしただけで特になんの進展もなかったのですが笑。
それでも興味を持ってくださるというだけでうれしいものですね。
その行動力にも感心します。
ちょうど別のプラットフォームに移してアーカイブ化しようとしていたので、良いきっかけになったと思います。
少しずつ記事を移して、追記を加えて、今後もランゲージ・アーツの活動を細々と、宇宙の塵のような規模でおこなっていきたいと思います。
もしかするとここから記事が消えて行っちゃうかもしれませんが、ま、どこかで見つけてみてください。
私の宝物になった奄美時間を宝探しのように楽しんで見つけていただければ。
SLA発起人
娘は午前授業だったらしく、公園にぶっ飛んで行っているようです。
「〇〇公園にいか」…というメールが来ました。
行かないの?行くの?どっちだーーー!「行く」の打ち間違いだと信じてGPSでキッズ携帯の行方を追ってみたら、
案の定公園に赤印。
去年の3年生から開始された「公園集合」祭りに4年生からデビューしたため、
まだまだ初心者の娘は毎回ウキウキ。
誰が集まってくるのか、どんな遊びをするのか。
学校で誘ったり誘われたりした瞬間から、もう公園遊びモード全開。
私が子供のころはそれが当たり前で、公園なんてむしろ必要がないくらいどこもかしこも遊びの場だったし、
そもそも学校から家に帰ってくるまでに鬼ごっこや高鬼、色鬼(鬼ばっかりだ笑)、いろいろな遊びをしているから帰宅が遅い遅い。
それでも文句を言わなかった親たちは、現代の母親たちよりも心が広かったのだと思います。
私ならブチ切れていた!!!
娘は公園にぶっ飛んで行っていますが、私の心は奄美にぶっ飛んで行っています…
帰京して1か月半にもなるのに、まだ慣れないこの感じ。
頭をよぎるのは奄美の緑と青。
そのうち時間が経てばもちろん今いる場所に慣れてきて、なんてことのない日常に戻るのでしょうけど、
天気予報で「沖縄・奄美地方は…」と聞くたびに、
ニュースで鹿児島の地方ニュースが流れるたびに、
世界自然遺産登録の話に、
マギー審司のような耳になってしまう自分。
そんなとき、このブログを読んでくれている方(東京在住)から突然連絡をいただきました。
単純にランゲージ・アーツに興味があるとのことで、話をしただけで特になんの進展もなかったのですが笑。
それでも興味を持ってくださるというだけでうれしいものですね。
その行動力にも感心します。
ちょうど別のプラットフォームに移してアーカイブ化しようとしていたので、良いきっかけになったと思います。
少しずつ記事を移して、追記を加えて、今後もランゲージ・アーツの活動を細々と、宇宙の塵のような規模でおこなっていきたいと思います。
もしかするとここから記事が消えて行っちゃうかもしれませんが、ま、どこかで見つけてみてください。
私の宝物になった奄美時間を宝探しのように楽しんで見つけていただければ。
SLA発起人
2021年04月12日
東京に戻って
カウントダウンもままならぬまま、怒涛のように引っ越し作業と別れの儀式を終え、
空港で号泣しながら奄美を離れてもう2週間半。
子どもたちがすっかり東京生活に慣れているのを横目に、
私だけは後ろ髪引かれ、未練タラタラ…
もう一年奄美に残ってもよかったのでは?という自問自答と、
これ以上自分が生きていこうと決めた場所を離れたままにしておくのは限界かなという想いに挟まれて生活しています。
住めば都
これに尽きる。
結局は一緒に生活していく人たちであったり、
どんな環境を好むかであったり、
どっちが正解とか不正解とかは存在せず、
ひたすら一長一短。
隣の芝はいつも青いし、
足りない物は反対側にあるわけだけど、
それでもどこで暮らしていくことが幸せなのかを問いながら、
選択権があればそれだけでラッキー。
選択権がなければ、
落ち込まないで見方を変えてみる。
それしかできない。
奄美レビューは追々。
まずは頑張っていきます!ここで…
空港で号泣しながら奄美を離れてもう2週間半。
子どもたちがすっかり東京生活に慣れているのを横目に、
私だけは後ろ髪引かれ、未練タラタラ…
もう一年奄美に残ってもよかったのでは?という自問自答と、
これ以上自分が生きていこうと決めた場所を離れたままにしておくのは限界かなという想いに挟まれて生活しています。
住めば都
これに尽きる。
結局は一緒に生活していく人たちであったり、
どんな環境を好むかであったり、
どっちが正解とか不正解とかは存在せず、
ひたすら一長一短。
隣の芝はいつも青いし、
足りない物は反対側にあるわけだけど、
それでもどこで暮らしていくことが幸せなのかを問いながら、
選択権があればそれだけでラッキー。
選択権がなければ、
落ち込まないで見方を変えてみる。
それしかできない。
奄美レビューは追々。
まずは頑張っていきます!ここで…