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2020年10月14日

「頑張る」と「根性」

娘の体調は相変わらずアップダウンが激しく、発熱はないけども腹痛・吐き気・頭痛が元気な中でもサンドイッチのように挟まれてやってくる。
それでも学校の先生たちが配慮してくれるお陰で、体育を見学させてもらったり、具合が悪くならないように外遊びを止めてくれたり(これがじゃじゃ馬には難しい!)、スポーツテストの走る部分を先送りしてくれたり。
本当に有難いです。

特に校長先生は、「運動会の頑張りすぎが原因よ。子どもは自分でも気が付かないだけで、相当疲れているんだから。心も身体も」
とおっしゃってくれて、娘が張り切り過ぎないように目を光らせてくれています。

普段とても「怖い」というと語弊があるけど(笑)、「厳しい」先生なので、娘いわく「私ばかりしょっちゅう怒られるんだよ」とのこと。
「あのね、そりゃ子どもたちがわちゃわちゃしていれば、あなたが代表で叱られても仕方ないでしょ?」と言っても納得できない様子。
でも今回、普段の厳しい校長先生が様々な部分で気にかけてくれて優しい言葉をかけてくれることで、これまでの自分の見方を反省したらしく、「校長先生は普段怖くても(そうしか言えないらしい)、本当は優しいんだね!」と言っています。
私は「厳しい!」と言いなさい、と訂正していますが。

集落で子どもたちの様子をよく見てくれるあっけらかんとした面白おばさん。
何かと娘を見つけては「あんた、来年も奄美に残りなさい!運動会もあんたがいなくなったら成立しないでしょ!」と引き留め作戦にでてくれますが、1年だけ!と自分なりに決めて留学に来た娘には響かないらしく、残る気はないそうです(笑)。
その面白おばさんにも昨日久々に会い、娘が夏バテして体調を崩していることを言うと、速攻で、
「休ませてあげなさいよ、あなた。普段、あんなに頑張っているんだから、疲れるの当たり前よ~!!!」と(なぜか)喝を入れられました。
「そうですかね。なんか休ませることに抵抗はあったんですけど…(仕方ないですよね~)」と言おうとしたら、
「頑張る子には休息が必要なのよ!いいのよ、休ませなさい!」と。
本当に涙が出る思いです。ただただ元気いっぱいのじゃじゃ馬娘だということだけではなく、普段から頑張って色々なことに取り組んでいる姿を見ていてくれるんだな~と嬉しくなりました。

そして息子を迎えに幼稚園に行った帰り道。
大好きな大好きなマザーテレサのような園長先生。娘の顔を見て「あら、元気がないですね」とすぐにビンゴ。
「ずっと体調不良なんです。」と軽く説明したのですが、別れる時には「頑張りすぎは良くありませんよ。ゆっくり治してくださいね」と一瞬で悟られました。
娘もびっくりした様でした。何も説明していないのに、すごいね、と。

私は体力がありません。すぐ風邪を引くし、持久力がないし、それがネックでずっと運動不足です。
そんな私ですが、実は我が家(実家)は「超体育会系一家」
「野球」命で生きてきた父の下、弟も同じ道を歩み、食卓での話題は常に野球。テレビも野球中継。
近所の少年野球から、中学のシニアリーグ、高校野球の勢力図、そしてプロ野球。
ドラフト会議に指名された経歴を持つぐらいの野球人生を進んだ父にしてみれば、それぐらいは当然ですが、
野球に染められた会話は、私にはまったくの「???」状態。
人生のすべてを野球に例えるときがあります。「あー、それはセカンドがエラーして・・・が間違ってXXXXしたようなもんだな」など。
なんでも野球に置き換えるなよ!と言いたい。
だったら私だって、「それは関係代名詞の非制限用法と制限用法の違いぐらいの大きな差だよね~」とか言いたいよ(怒)!

そして仕舞いには何かできないこと、辛いことがあるとすぐに「根性だ、根性!」で片づける。
世のなかの大抵のことは「根性」で解決できると(ほぼ)本気で思っている!
これには母も呆れますが、もう誰も言い返せない。

根性で病気が治るか?根性でストレスが消えるか?根性で学力の見合わない大学に入れるのか?(ま、入れるぐらい勉強すればいいのかもしれませんが)。

とにかくこればかりで片づけられるので、子どもの頃からこの「根性だ、根性!」というのが「巨人の星」みたいで大嫌いでした。
ま、今となればこれも飲みの場所でのネタになる話ではあるのですが。
何しろ父のたくさんの珍エピソードがあるので。

一度、「中核派」の親に育てられて、自分も共産主義の研究をしている友人に愚痴っていたとき、
「父は典型的体育会系の右側の人間。私は文系の左側の人間だもん…合う分けないよね~」と言ったら、
「極右と極左はぐるっと回るとくっつくから、意外と同じことを主張するらしいよ。だから全く合わないわけではないんじゃない?」と言われたことがあります。
「あ~なるほど!…って、私は極左ではないよ!」と突っ込み返しましたが。

なんでも根性で通そうとする私の父。
そんな父も歳をとって丸くなり、孫ができて「典型的、かつちょっと変な」孫バカじじいになりました。
ここのところ娘の体調不良が長引いていることを心配して毎晩電話をかけてきます。
「大丈夫か?ちゃんと食べているか?病院にいかなくて大丈夫か?」

おいおい、「根性」はどこへいった?娘には言ったことないよね、それ。

「死語」と「流行語」の新陳代謝が激しい日本語。その柔軟性には驚かされるばかりですが、時代を超えて超えていく言葉と新しい言葉が生まれるのは古今東西共通な話。
令和に「根性」は残るのでしょうか。いつか消滅するかな…
SLA発起人  

Posted by SLA at 11:16Comments(0)徒然草