2020年12月09日
withコロナと言いつつも
あっという間に12月…人の死やらウィルスやらでブログの更新がしんどくて、先延ばしにしていました。
とうとうこの瀬戸内町にもやってきた新型コロナウィルスの輩
もうwithコロナの時代だ、東京で見てきて、身近な友人や仲間がそうやって生活しているのを見て、自分もそのつもりだったのですが、
いざ身近なものになってみると、まだまだ未知で怖くて疑心暗鬼になってしまう、ものすごい威力を持つウィルスなんだな…と思います。
身体だけではなく、心もむしばむ…
しかも感染者の年代が若い若い!(こう言ってしまうことも誹謗中傷になってしまいそうでそこも怖いところですが)
本当に身近な問題なんだなと感じております。
閉じてしまった食事処も、郵便局も、念のため学校や習い事を休んでいる子どもたちも、その親も。
娘の東京の小学校では昨日、児童1名が感染しました。
そして濃厚接触者はすぐに陰性と判明。
教職員総出で除菌作業をし、今日は通常通り授業だそうです。
ただし心配だから休ませたい人は公休扱いとのこと。
恐る恐るみんなに聞いてみると「うちは行かせたよ~」という家がほとんど。
スゴイな…みんな本当にwithコロナ。昨日判明した状態でも除菌が済んでいればもう学校に普通にいかせるし、子どもも行きたがるとのこと。
1人だけ。娘が幼稚園から一緒で、家が斜め向かいのマンションなので毎朝一緒に登校する男の子だけは、なんと先週からお休みしているとのこと。
パパの会社で感染者が出たので、パパもママも自宅待機。念のため子どもも自宅待機を選んで、先生には家の用事で休んでいますという風にクラスで説明してもらっているそうです。
「僕がコロナだと思われたらどうしよう…」とそれでなくとも心配性の優しい彼が、増々悩んでしまったとのこと。
「〇〇君が休んでいる間に誰かがかかったってことだから、疑われないよ、大丈夫だよ」と朝LINEしました。
そんな心配まで子どもにさせてしまうこのコロナ。憎たらしい限りです。
仙台に住む高校の友人のお父さんは、このコロナ禍の9月末に末期の胃がんと判明。
入院してしまうと家族に会えなくなってしまうため、何も手を施せないのならということから自宅療養を選びました。
そしてあっという間に11月の末に病状が悪化し天国へ旅立ちました。
この時期だから、ここ2か月は家族でゆっくりどういった葬儀をするかを話し合えたそうです。
そして最後の最後まで痛みが奇跡的になかったらしく、穏やかに呼べば返事をする程度の中で眠りについたとか。
ある意味、私の父いわく「最高な死に方だな」というぐらい、良かったのかもしれません。
ただその友人。
ご主人をちょうど2年前にくも膜下出血で亡くしました。47歳のまだまだ働き盛りのご主人を。
同級生の友人たちの間で一番先に結婚し、私もそのご主人に散々可愛がってもらって、20年来の付き合いだったため、亡くなったと聞いたときはこちらまで気が狂いそうなショックを受けて、泣き崩れました。
家族葬にするとのことでしたが、荼毘にふす前に最後に顔を見たくて東京から始発の新幹線で駆け付けました。
友人のそんな傷がまだまだ癒えず、お別れが嫌で納骨さえできていない今年三回忌に偶然重なってしまった彼女のお父さんの死。
2年間で大事なご主人と自分の父親を一気に亡くしてしまったんだな…と思うと、彼女と彼女の娘さんにとってこの時期は一生辛い時期になってしまうのだろうなと思ってしまいます。
そんな彼女たちに自分は何ができるのだろうと思って悩み、手紙を書き、本を用意して奄美から届けました。
人に心を送るのは難しいです。
慰めたいし、元気になってもらいたい。でも軽々しいことを言ったら白々しいし。
幸運にも今回は彼女に届いた私の想い。
それでも彼女の状況を本当の意味で理解することは難しいです。誰の立場でもそうでしょうけどね。
「書物の新しいページを1ページ、1ページ読むごとに、私はより豊かに、より強く、より高くなっていく。(チェーホフ)」
でも、1ページ1ページ大事に読まなくてもいいと思います。
「書物そのものは、君に幸福をもたらすわけではない。ただ書物は、君が君自身の中へ帰るのを助けてくれる。(ヘッセ)」
そして、
「良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである。(デカルト)」
とも言われていますし。本と会話ができればそれでいい。助けてもらえればそれでいい。
彼女も落ち着いたら、私が送った本の中から「一言」でもいいので何かを見出して、それに支えながらこの嫌な時期を乗り切って欲しいな…と思ってしまいます。
「喪失学 「ロス後」をどう生きるか? (坂口 幸弘)」
何かを失くすということは、誰にでも必ず起こることです。その時にどう向き合うのか。この本が必ずしも正しいわけではないのでしょうが、
何かのヒントになるかもしれません。
SLA発起人
とうとうこの瀬戸内町にもやってきた新型コロナウィルスの輩
もうwithコロナの時代だ、東京で見てきて、身近な友人や仲間がそうやって生活しているのを見て、自分もそのつもりだったのですが、
いざ身近なものになってみると、まだまだ未知で怖くて疑心暗鬼になってしまう、ものすごい威力を持つウィルスなんだな…と思います。
身体だけではなく、心もむしばむ…
しかも感染者の年代が若い若い!(こう言ってしまうことも誹謗中傷になってしまいそうでそこも怖いところですが)
本当に身近な問題なんだなと感じております。
閉じてしまった食事処も、郵便局も、念のため学校や習い事を休んでいる子どもたちも、その親も。
娘の東京の小学校では昨日、児童1名が感染しました。
そして濃厚接触者はすぐに陰性と判明。
教職員総出で除菌作業をし、今日は通常通り授業だそうです。
ただし心配だから休ませたい人は公休扱いとのこと。
恐る恐るみんなに聞いてみると「うちは行かせたよ~」という家がほとんど。
スゴイな…みんな本当にwithコロナ。昨日判明した状態でも除菌が済んでいればもう学校に普通にいかせるし、子どもも行きたがるとのこと。
1人だけ。娘が幼稚園から一緒で、家が斜め向かいのマンションなので毎朝一緒に登校する男の子だけは、なんと先週からお休みしているとのこと。
パパの会社で感染者が出たので、パパもママも自宅待機。念のため子どもも自宅待機を選んで、先生には家の用事で休んでいますという風にクラスで説明してもらっているそうです。
「僕がコロナだと思われたらどうしよう…」とそれでなくとも心配性の優しい彼が、増々悩んでしまったとのこと。
「〇〇君が休んでいる間に誰かがかかったってことだから、疑われないよ、大丈夫だよ」と朝LINEしました。
そんな心配まで子どもにさせてしまうこのコロナ。憎たらしい限りです。
仙台に住む高校の友人のお父さんは、このコロナ禍の9月末に末期の胃がんと判明。
入院してしまうと家族に会えなくなってしまうため、何も手を施せないのならということから自宅療養を選びました。
そしてあっという間に11月の末に病状が悪化し天国へ旅立ちました。
この時期だから、ここ2か月は家族でゆっくりどういった葬儀をするかを話し合えたそうです。
そして最後の最後まで痛みが奇跡的になかったらしく、穏やかに呼べば返事をする程度の中で眠りについたとか。
ある意味、私の父いわく「最高な死に方だな」というぐらい、良かったのかもしれません。
ただその友人。
ご主人をちょうど2年前にくも膜下出血で亡くしました。47歳のまだまだ働き盛りのご主人を。
同級生の友人たちの間で一番先に結婚し、私もそのご主人に散々可愛がってもらって、20年来の付き合いだったため、亡くなったと聞いたときはこちらまで気が狂いそうなショックを受けて、泣き崩れました。
家族葬にするとのことでしたが、荼毘にふす前に最後に顔を見たくて東京から始発の新幹線で駆け付けました。
友人のそんな傷がまだまだ癒えず、お別れが嫌で納骨さえできていない今年三回忌に偶然重なってしまった彼女のお父さんの死。
2年間で大事なご主人と自分の父親を一気に亡くしてしまったんだな…と思うと、彼女と彼女の娘さんにとってこの時期は一生辛い時期になってしまうのだろうなと思ってしまいます。
そんな彼女たちに自分は何ができるのだろうと思って悩み、手紙を書き、本を用意して奄美から届けました。
人に心を送るのは難しいです。
慰めたいし、元気になってもらいたい。でも軽々しいことを言ったら白々しいし。
幸運にも今回は彼女に届いた私の想い。
それでも彼女の状況を本当の意味で理解することは難しいです。誰の立場でもそうでしょうけどね。
「書物の新しいページを1ページ、1ページ読むごとに、私はより豊かに、より強く、より高くなっていく。(チェーホフ)」
でも、1ページ1ページ大事に読まなくてもいいと思います。
「書物そのものは、君に幸福をもたらすわけではない。ただ書物は、君が君自身の中へ帰るのを助けてくれる。(ヘッセ)」
そして、
「良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである。(デカルト)」
とも言われていますし。本と会話ができればそれでいい。助けてもらえればそれでいい。
彼女も落ち着いたら、私が送った本の中から「一言」でもいいので何かを見出して、それに支えながらこの嫌な時期を乗り切って欲しいな…と思ってしまいます。
「喪失学 「ロス後」をどう生きるか? (坂口 幸弘)」
何かを失くすということは、誰にでも必ず起こることです。その時にどう向き合うのか。この本が必ずしも正しいわけではないのでしょうが、
何かのヒントになるかもしれません。
SLA発起人
2020年11月26日
ニューノーマル
我が家(実家も含めて)は大河・朝ドラ大好き一家。
つまらないなと思ったら戦線離脱することもありますが、基本最初から最後まで見続けるのが伝統となっております。
今朝は実質的に2020年度前半の朝ドラであった「エール」の最終回。明日はそのカーテンコールという「新しい形」でフィナーレを迎えるようですね。
脚本家の交代?もあったとか。そして主要キャストであった志村けんさんの死亡。コロナによる撮影の中止、延期。
その間番組のスタートから再放送でカバーし、メインテーマであったであろうオリンピックや甲子園とのタイミングがずれてしまったり、
エピソード数を減らしたり…
そんなドタバタ劇を潜り抜けて高評価を得たこの朝ドラ史上まれにみる作品に、細かい突込みはありますが拍手ものだと思います。
朝ドラ好きから言わせると、これまでも近年に絞っただけでも「ちりとてちん」「カーネーション」「あまちゃん」「ひよっこ」「ちゅらさん」…
などなど、個人的にランキングはありますが、「エール」も違った要素をもった意味でランキング入りさせなければなりません。
明日まで見続けて、マイランキングを本気で再検証する必要がありそうです。
今日番組の最後で主人公が言っていた「早く日常が戻ることを願って、皆さん一緒に頑張りましょう」という言葉。
確かにそうです。
戻りたい。
自由に行きたいところに行きたいし、会いたい人に会いたい。
美味しいものを食べて、飲んで、みんなと騒ぎたいし、煩わしいマスクを外して普通に室内での活動もおこないたい。
でも、いくら優秀なワクチンが出回り、致死率を下げてくれる薬が開発されても、
「日常は戻っても、元の世界は戻らない」ということは、折に触れて色々な人が言っていることです。
仕事の仕方、仕事自体の内容。
人の価値観。これまで当たり前であったことが当たり前ではなくなる社会。
例えば…みんながみんなに気を使い、2次会、3次会が当たり前であった飲み会でさえも、
本当に必要な、または大切な人とだけと会食し、その他は省略したり簡略化していくようになるでしょう。
コロナ禍の前にすでに若者は自分にメリットのない飲み会には出ない傾向がありましたし、お酒の消費量は減っていましたよね。
それが加速して形が変わっていくはずです。
「とりあえずビール」の合言葉もなくなり、好きなものを好きなだけ「オンライン」で飲めるスタイルも確立済み。
寂しいいような、合理的ですがすがしいような(笑)。
教育も一緒。
学校は行くことが当たり前で、先生のいう事は一方通行でも聞くことが当たり前で、知識量を問われる試験を受けることが当たり前だった2020年以前の教育が、もともと2020年の新学習指導要領以降は、自ら思考力を発揮し、それを表現し、知識を問う問題ではなく自分で分析した意見を論理だてて説明する力を持たなければならない。
それには既存の学校通学スタイルから脱して、オンライン授業で単位をとったり、海外に留学してダブルディプロマを目指したりしてもかまわない。むしろユニークこそが最大の武器になる時代がやってきて、その選択肢を考えつく子と知らないまま流されていく子では、その時点で人生の選択肢に差がついてしまう。
うかうかしていられない時代、つまりAIやSociety 5.0の浸透が10年20年早まってしまった。
そういう意味で、形が変わった「日常」が始まる…色々な工夫で乗り切ったこの朝ドラは、そのスタートとなる記念ドラマだったのかもしれないと思うのです。
いつか「ああ、エールを観ていた頃はこんな時代になるとは思わなかったなぁ~」と思い出すことになるのかな…と思っています。
なんせ私も読めない世界が待っているので、今から戦々恐々とワクワクの半々です。
SLA発起人
つまらないなと思ったら戦線離脱することもありますが、基本最初から最後まで見続けるのが伝統となっております。
今朝は実質的に2020年度前半の朝ドラであった「エール」の最終回。明日はそのカーテンコールという「新しい形」でフィナーレを迎えるようですね。
脚本家の交代?もあったとか。そして主要キャストであった志村けんさんの死亡。コロナによる撮影の中止、延期。
その間番組のスタートから再放送でカバーし、メインテーマであったであろうオリンピックや甲子園とのタイミングがずれてしまったり、
エピソード数を減らしたり…
そんなドタバタ劇を潜り抜けて高評価を得たこの朝ドラ史上まれにみる作品に、細かい突込みはありますが拍手ものだと思います。
朝ドラ好きから言わせると、これまでも近年に絞っただけでも「ちりとてちん」「カーネーション」「あまちゃん」「ひよっこ」「ちゅらさん」…
などなど、個人的にランキングはありますが、「エール」も違った要素をもった意味でランキング入りさせなければなりません。
明日まで見続けて、マイランキングを本気で再検証する必要がありそうです。
今日番組の最後で主人公が言っていた「早く日常が戻ることを願って、皆さん一緒に頑張りましょう」という言葉。
確かにそうです。
戻りたい。
自由に行きたいところに行きたいし、会いたい人に会いたい。
美味しいものを食べて、飲んで、みんなと騒ぎたいし、煩わしいマスクを外して普通に室内での活動もおこないたい。
でも、いくら優秀なワクチンが出回り、致死率を下げてくれる薬が開発されても、
「日常は戻っても、元の世界は戻らない」ということは、折に触れて色々な人が言っていることです。
仕事の仕方、仕事自体の内容。
人の価値観。これまで当たり前であったことが当たり前ではなくなる社会。
例えば…みんながみんなに気を使い、2次会、3次会が当たり前であった飲み会でさえも、
本当に必要な、または大切な人とだけと会食し、その他は省略したり簡略化していくようになるでしょう。
コロナ禍の前にすでに若者は自分にメリットのない飲み会には出ない傾向がありましたし、お酒の消費量は減っていましたよね。
それが加速して形が変わっていくはずです。
「とりあえずビール」の合言葉もなくなり、好きなものを好きなだけ「オンライン」で飲めるスタイルも確立済み。
寂しいいような、合理的ですがすがしいような(笑)。
教育も一緒。
学校は行くことが当たり前で、先生のいう事は一方通行でも聞くことが当たり前で、知識量を問われる試験を受けることが当たり前だった2020年以前の教育が、もともと2020年の新学習指導要領以降は、自ら思考力を発揮し、それを表現し、知識を問う問題ではなく自分で分析した意見を論理だてて説明する力を持たなければならない。
それには既存の学校通学スタイルから脱して、オンライン授業で単位をとったり、海外に留学してダブルディプロマを目指したりしてもかまわない。むしろユニークこそが最大の武器になる時代がやってきて、その選択肢を考えつく子と知らないまま流されていく子では、その時点で人生の選択肢に差がついてしまう。
うかうかしていられない時代、つまりAIやSociety 5.0の浸透が10年20年早まってしまった。
そういう意味で、形が変わった「日常」が始まる…色々な工夫で乗り切ったこの朝ドラは、そのスタートとなる記念ドラマだったのかもしれないと思うのです。
いつか「ああ、エールを観ていた頃はこんな時代になるとは思わなかったなぁ~」と思い出すことになるのかな…と思っています。
なんせ私も読めない世界が待っているので、今から戦々恐々とワクワクの半々です。
SLA発起人
2020年11月25日
有事の時
またまた忙しい一週間に続いて三連休を終え、あっという間に次の週末が近づいてくる。
そうやっているうちに、我々の奄美生活も終わってしまうのだろうな…と思う今日この頃。
ちょうど残り4カ月です。3月末には東京に戻ります。すでにwithコロナ社会になっている東京に、馴染むことができるのか…
カウンターカルチャーショックがまさに起きそうな予感…
先日19日に香川県坂出市沖合いで起きた小学生が乗った海上タクシーの沈没事故。
朝ニュースで見ても涙が出て、その後詳細が分かっても涙がでました。
当初は「座礁」と報道されていたのに、蓋を開けたらなんとその後沈んだとか。
自分だったらと思うと、そして我が子が乗っていたらと思うと…
身の毛もよだちます。
でもそんなことではない。なんと彼らが全員助かったこと。
そして助けてくれたひとたちの話によれば、
多くの子どもたちが冷静にライフジャケットと共に自ら海に飛び込み(沈没する船に巻き込まれないようにアドバイスがあったため)、
救助の大人が「落ち着いて一人ひとり順番にこっちにこいよ!」という声のとおりに行動し、
我先にという行動をとらず、「自分は大丈夫だから、誰々くん(ちゃん)を先に助けてください」と言った声まであったとか。
そんな子どもたちを育てている親、地域、学校に尊敬の念を抱かずにはいられません。
そんな子どもたちになっていることを、他人様の縁もゆかりもない子どもたちを、遠い奄美からでも称賛せずにはいられません。
本当なら大阪や京都の修学旅行が待っていて、もっと普通に楽しい思い出を作れたはずが、
新型コロナウィルスのために県内移動に限定し、船移動をするプランに変更になったとか。
学校も恐らく換気や密を避けるために考えた苦肉の策で、子どもたちを最大限に楽しませてあげたいと考えに考えたプランだったのではないでしょうか。
トラウマタイズされた子もいるでしょうし、そんな学校や船の関係者を責めたくなった親御さんもいたかもしれません。
でも遠い目で見れば、自分たちは「あんな有事でさえ冷静に行動ができ、人を思いやることができ、全員で無事に命を守ることができた」という誰もが簡単にできることではないことを成し遂げた、そんな修学旅行になったことは彼らの人生の糧になって欲しいなと思います。
今まさに世界的な「有事」。
どの国でも誰がリーダーシップをとって、どんな政策を立案し、実行に移すかが試されています。
先日オンラインで受けた朝日教育会議で、テレビ解説で著名なジャーナリストの池上さんが二人の女性リーダーを紹介していました。
このブログでも触れたことがある、ニュージーランドのアーダーン首相と、ドイツのメルケル首相。
どちらも「自らの分析に基づいて自らの考えを発信し、国民に共感力で訴えかけた」点においては最高のリーダーシップを発揮したとのこと。
アーダーン首相は、自宅から子どもの寝かしつけの後にトレーナー姿のまま「500万人(NYの人口)のチームで乗り切ろう!」と訴えかけ、
メルケル首相は国民への我慢の協力のスピーチの最後に、スーパーで品物を並べてくれている従業員にフォーカスした賞賛を追加し、
それが偶然彼女のスーパーでの買い物姿をSNSに上げた人の写真から、「首相は自らスーパーで買い物を実際にしているからエッセンシャルワーカーの気持ちが理解できるのだ」という裏付けをとることができ、このどちらの女性首相も「庶民と同様の生活のなかでコロナに立ち向かっている」ことを証明したことで支持率を伸ばしました。
一方の日本。
西村経済再生大臣はスーパーを「視察」。
お陰でスーパー関係者大集合。SPもてんこ盛り…密じゃん!
そして安部元首相は戦線離脱。
現菅総理は経済界(経済回してよ~)と、日医(医療崩壊になるぞ!どうすんだ!)の板挟みでGo toを止めることもできず。
東京はどうするのですか?と聞かれた百合子さん。
恨み節で「国の政策ですから、国が決めるべきです」とけん制。
有事の際のリーダーシップは誰がとるのでしょうか。
現在のリーダーは「選ばれし者が、ピラミッド型の中でトップダウン」でおこなう指揮命令ではなく、
誰もが得意な分野で先頭を切ってマネジメントできる形をとる「ネットワーク組織」におけるネットワーク型のリーダーシップが主流となるとか。
だとしたら、日本の政治家は、香川の自らを守り、友達を優先し、冷静に判断できた香川の小学生に負けているのかもしれませんね。
SLA発起人
そうやっているうちに、我々の奄美生活も終わってしまうのだろうな…と思う今日この頃。
ちょうど残り4カ月です。3月末には東京に戻ります。すでにwithコロナ社会になっている東京に、馴染むことができるのか…
カウンターカルチャーショックがまさに起きそうな予感…
先日19日に香川県坂出市沖合いで起きた小学生が乗った海上タクシーの沈没事故。
朝ニュースで見ても涙が出て、その後詳細が分かっても涙がでました。
当初は「座礁」と報道されていたのに、蓋を開けたらなんとその後沈んだとか。
自分だったらと思うと、そして我が子が乗っていたらと思うと…
身の毛もよだちます。
でもそんなことではない。なんと彼らが全員助かったこと。
そして助けてくれたひとたちの話によれば、
多くの子どもたちが冷静にライフジャケットと共に自ら海に飛び込み(沈没する船に巻き込まれないようにアドバイスがあったため)、
救助の大人が「落ち着いて一人ひとり順番にこっちにこいよ!」という声のとおりに行動し、
我先にという行動をとらず、「自分は大丈夫だから、誰々くん(ちゃん)を先に助けてください」と言った声まであったとか。
そんな子どもたちを育てている親、地域、学校に尊敬の念を抱かずにはいられません。
そんな子どもたちになっていることを、他人様の縁もゆかりもない子どもたちを、遠い奄美からでも称賛せずにはいられません。
本当なら大阪や京都の修学旅行が待っていて、もっと普通に楽しい思い出を作れたはずが、
新型コロナウィルスのために県内移動に限定し、船移動をするプランに変更になったとか。
学校も恐らく換気や密を避けるために考えた苦肉の策で、子どもたちを最大限に楽しませてあげたいと考えに考えたプランだったのではないでしょうか。
トラウマタイズされた子もいるでしょうし、そんな学校や船の関係者を責めたくなった親御さんもいたかもしれません。
でも遠い目で見れば、自分たちは「あんな有事でさえ冷静に行動ができ、人を思いやることができ、全員で無事に命を守ることができた」という誰もが簡単にできることではないことを成し遂げた、そんな修学旅行になったことは彼らの人生の糧になって欲しいなと思います。
今まさに世界的な「有事」。
どの国でも誰がリーダーシップをとって、どんな政策を立案し、実行に移すかが試されています。
先日オンラインで受けた朝日教育会議で、テレビ解説で著名なジャーナリストの池上さんが二人の女性リーダーを紹介していました。
このブログでも触れたことがある、ニュージーランドのアーダーン首相と、ドイツのメルケル首相。
どちらも「自らの分析に基づいて自らの考えを発信し、国民に共感力で訴えかけた」点においては最高のリーダーシップを発揮したとのこと。
アーダーン首相は、自宅から子どもの寝かしつけの後にトレーナー姿のまま「500万人(NYの人口)のチームで乗り切ろう!」と訴えかけ、
メルケル首相は国民への我慢の協力のスピーチの最後に、スーパーで品物を並べてくれている従業員にフォーカスした賞賛を追加し、
それが偶然彼女のスーパーでの買い物姿をSNSに上げた人の写真から、「首相は自らスーパーで買い物を実際にしているからエッセンシャルワーカーの気持ちが理解できるのだ」という裏付けをとることができ、このどちらの女性首相も「庶民と同様の生活のなかでコロナに立ち向かっている」ことを証明したことで支持率を伸ばしました。
一方の日本。
西村経済再生大臣はスーパーを「視察」。
お陰でスーパー関係者大集合。SPもてんこ盛り…密じゃん!
そして安部元首相は戦線離脱。
現菅総理は経済界(経済回してよ~)と、日医(医療崩壊になるぞ!どうすんだ!)の板挟みでGo toを止めることもできず。
東京はどうするのですか?と聞かれた百合子さん。
恨み節で「国の政策ですから、国が決めるべきです」とけん制。
有事の際のリーダーシップは誰がとるのでしょうか。
現在のリーダーは「選ばれし者が、ピラミッド型の中でトップダウン」でおこなう指揮命令ではなく、
誰もが得意な分野で先頭を切ってマネジメントできる形をとる「ネットワーク組織」におけるネットワーク型のリーダーシップが主流となるとか。
だとしたら、日本の政治家は、香川の自らを守り、友達を優先し、冷静に判断できた香川の小学生に負けているのかもしれませんね。
SLA発起人
2020年10月28日
面白い大人
樹木希林さんが亡くなって丸2年を過ぎていますが、
彼女の気配がいまだにこの世界に残っているような気がします。
たくさんの残された映画、テレビ作品と、あの奇特な存在感がそうさせていて、本当に亡くなったのかな…というような気持ちに私たちをさせるのかもしれません。
最近亡くなった若い俳優さん(本当に悲しい…悲しすぎる…)を想って、共演経験のある女優さんが、
樹木希林さんのある言葉を用いてインスタに投稿していました。
私もそれを聞いた時には、自分の胸に一生刻もうと思ったものです。
「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」
シンプルなようでシンプルじゃない。
簡単にできそうで本当に難しい。
隣の芝生はいつも青いし、
驕っているいるし、
平気じゃないことばかり毎日あって、文句タラタラだし。
ただ「面白がって」の部分だけは、今のところまあまあ出来ているような気がします。
先日紹介した宮崎駿の毒舌名言で、「子供の未来は残念ながらつまらない大人なんですよ。(子供というのはその瞬間しかないんです…)」
じゃないけど、世の中つまらない大人は本当に多い。
それは決して悪い意味だけではなく、良い意味で。
一生懸命生きるということは、
日常に追われることだし、その中でみんな小さな幸せを見つけながら楽しく生きることができれば、
それが一見「つまらない大人」だとしても仕方のないことなのでしょう。
でもたまーに。
たまーに。
面白い人間が存在しませんか?
友人との話で「あの人面白いよね~」みたいな。
私の父は恐らくその部類の人間です。変人とも言えますが、面白いです。
我が親ながら、吹きだしたり、呆れたり、感心したり、アホだな・・・と思ったり。
話を元に戻すと、樹木希林さんの葬儀の際に娘の也哉子さんが喪主ではないけどお礼の挨拶をしていたのが印象的でした。
実は私もそれをやろうとずっと思っています。
ここ10年程「おれは死ぬ、もうすぐ死ぬ」と繰り返す(死なないガンと呼ばれる)前立腺がん持ちの父ですが、
もし、まあ、絶対いつかは居なくなるわけで、
その時は変人だった彼の望む通りに、
葬儀は密葬(菩提寺がなんというか…前住職は父の同級生だし、現住職は私の同級生じゃん!)
最悪家族葬(これは仕方ないかな)
連絡は死んでしばらくしてから(絶対無理でしょ、うち本家だよ!)
そして「遠方者にはわざわざ焼香に来るなと言え!」(絶対絶対無理でしょ!高校・大学野球部のキャプテンで、色んな縦横の繋がり無視してそんなことしたら、残された家族の常識を疑われるわ!)
と、すべて無理な話に近いので、せめて本人が亡くなってものが言えなくなってから(笑)
家族葬+お別れの会にしたいなと思っています。勝手に母との話し合いで。
その時に2つばかり。
父の面白い話と、でも名門野球部を率いてドラフト会議で指名されたぐらいだから、単純に面白いだけの人間ではなかった彼の人間性を表すエピソードを話そうと勝手に思っているのです。
そして最後は笑わせたい。
きっと母は泣いてばかりで何もできないでしょうから、せめて私のジョークでみんなで笑って終わりたい。
あおういう私自身が父寄りの「ちょっとふざけた(時にふざけすぎた)大人」なのは間違いありません。
でも本人は亡くなっているわけだし、今から「お父さんの葬儀はきちんと考えているから!」と言っているのですが、
いかんせん、本人が「だからいらねーーーって」を繰り返すので、話にならないのですが…。
親がこの世界からいなくなる日。
一日でも遅い方がいいな…と思います。
子ども(孫)だったら直に「おじいちゃん、おばあちゃん長生きしてね!」と敬老の日などに言えますが、
大人になると、親にむかって直接は言えませんよね。
「お父さん、お母さん、長生きしてね」とは。気恥ずかしい。
すでに親に旅立たれている友人も多々いるわけですし、存在してるだけで有難い話です。
樹木希林さんほどではないにしろ、面白い大人に少しでも近づきたいな…と益々思う今日この頃です。
父みたいになりたい…とはあまり思わないなぁ(笑)。面白い種類が違うし、周りが迷惑!
ただ、娘は「じっち、200歳まで生きて私が死ぬときに一緒に死のうね~!絶対だよ!」と訳の分からないことを要求しています。
SLA発起人
彼女の気配がいまだにこの世界に残っているような気がします。
たくさんの残された映画、テレビ作品と、あの奇特な存在感がそうさせていて、本当に亡くなったのかな…というような気持ちに私たちをさせるのかもしれません。
最近亡くなった若い俳優さん(本当に悲しい…悲しすぎる…)を想って、共演経験のある女優さんが、
樹木希林さんのある言葉を用いてインスタに投稿していました。
私もそれを聞いた時には、自分の胸に一生刻もうと思ったものです。
「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」
シンプルなようでシンプルじゃない。
簡単にできそうで本当に難しい。
隣の芝生はいつも青いし、
驕っているいるし、
平気じゃないことばかり毎日あって、文句タラタラだし。
ただ「面白がって」の部分だけは、今のところまあまあ出来ているような気がします。
先日紹介した宮崎駿の毒舌名言で、「子供の未来は残念ながらつまらない大人なんですよ。(子供というのはその瞬間しかないんです…)」
じゃないけど、世の中つまらない大人は本当に多い。
それは決して悪い意味だけではなく、良い意味で。
一生懸命生きるということは、
日常に追われることだし、その中でみんな小さな幸せを見つけながら楽しく生きることができれば、
それが一見「つまらない大人」だとしても仕方のないことなのでしょう。
でもたまーに。
たまーに。
面白い人間が存在しませんか?
友人との話で「あの人面白いよね~」みたいな。
私の父は恐らくその部類の人間です。変人とも言えますが、面白いです。
我が親ながら、吹きだしたり、呆れたり、感心したり、アホだな・・・と思ったり。
話を元に戻すと、樹木希林さんの葬儀の際に娘の也哉子さんが喪主ではないけどお礼の挨拶をしていたのが印象的でした。
実は私もそれをやろうとずっと思っています。
ここ10年程「おれは死ぬ、もうすぐ死ぬ」と繰り返す(死なないガンと呼ばれる)前立腺がん持ちの父ですが、
もし、まあ、絶対いつかは居なくなるわけで、
その時は変人だった彼の望む通りに、
葬儀は密葬(菩提寺がなんというか…前住職は父の同級生だし、現住職は私の同級生じゃん!)
最悪家族葬(これは仕方ないかな)
連絡は死んでしばらくしてから(絶対無理でしょ、うち本家だよ!)
そして「遠方者にはわざわざ焼香に来るなと言え!」(絶対絶対無理でしょ!高校・大学野球部のキャプテンで、色んな縦横の繋がり無視してそんなことしたら、残された家族の常識を疑われるわ!)
と、すべて無理な話に近いので、せめて本人が亡くなってものが言えなくなってから(笑)
家族葬+お別れの会にしたいなと思っています。勝手に母との話し合いで。
その時に2つばかり。
父の面白い話と、でも名門野球部を率いてドラフト会議で指名されたぐらいだから、単純に面白いだけの人間ではなかった彼の人間性を表すエピソードを話そうと勝手に思っているのです。
そして最後は笑わせたい。
きっと母は泣いてばかりで何もできないでしょうから、せめて私のジョークでみんなで笑って終わりたい。
あおういう私自身が父寄りの「ちょっとふざけた(時にふざけすぎた)大人」なのは間違いありません。
でも本人は亡くなっているわけだし、今から「お父さんの葬儀はきちんと考えているから!」と言っているのですが、
いかんせん、本人が「だからいらねーーーって」を繰り返すので、話にならないのですが…。
親がこの世界からいなくなる日。
一日でも遅い方がいいな…と思います。
子ども(孫)だったら直に「おじいちゃん、おばあちゃん長生きしてね!」と敬老の日などに言えますが、
大人になると、親にむかって直接は言えませんよね。
「お父さん、お母さん、長生きしてね」とは。気恥ずかしい。
すでに親に旅立たれている友人も多々いるわけですし、存在してるだけで有難い話です。
樹木希林さんほどではないにしろ、面白い大人に少しでも近づきたいな…と益々思う今日この頃です。
父みたいになりたい…とはあまり思わないなぁ(笑)。面白い種類が違うし、周りが迷惑!
ただ、娘は「じっち、200歳まで生きて私が死ぬときに一緒に死のうね~!絶対だよ!」と訳の分からないことを要求しています。
SLA発起人
2020年10月24日
お墓問題?
20年後の2040年には、日本の総人口の5分の1は、比較的高齢の、いわゆる「おひとり様」になるそうです。
仕事しながら聞いていた「終活」特集のテレビ番組での話。
でも「おひとり様」と言っても、決して未婚のまま一人で暮らしているというわけではなく、
結婚したカップルでも子どもがなく、
配偶者に先立たれた者、
離婚した者、
子どもがいても何らかの事情で疎遠になっていて身よりがいない近い状態の者…
なども含むそう。
「子どもを家の世継ぎ」とする「家制度」の崩壊は目前。
子どもには個としての権利が生まれながらに存在し、彼・彼女が自由に生きるべき時代が来て「家に縛られる」「親に縛られる」という時代ではなくなることになるでしょう。
個人的にはそれでいいと思います。
1800年後半に成立した明治期の家族制度は、歴史的に見ればたかが100数十年。
お墓でさえ江戸時代頃までは有力者のみのもので、庶民の場合は亡くなってもお墓が建てられることはなかったらしいし、
「個人墓」から「家墓」になったのは土地不足と土葬から火葬へ変わった時代の変化にそったもの。
「墓守」のために「家制度」を、そしてそのために子どもを産む(昔は家を継承するために養子さえもとる)時代は、
好むと好まざるに関わらず変化の時期を迎えようとしています。
奄美は奄美の歴史とかいろいろあるので事情は少し違うとは思いますが、世継ぎ、家問題に関しては「空き家」を見ると全国津々浦々同じ状態なのだろうな…と思います。
主人も私も地方出身者で東京で働き、子育てをする典型的「上京組」。
東京に来てから知り合った人たちもほとんどが同じ地方出身者。
たまに夫婦の片方が東京育ちのパターンもありますが、「夫婦両方」が東京出身という珍しいパターンの場合は、
「お育ちの良いお金持ち」のパターンが多いです。
一度そのパターンの夫婦がさらっとお正月の過ごし方を離していましたが、
東京に実家がある夫婦は、近郊の箱根や熱海などの温泉でお正月を過ごしたりすることが多いとのこと。
なるほど。どちらか(または両方)の実家に帰らないでもいいのか。普段近い距離にいるから。
というか、帰省と縁がないのか。あのラッシュもお金が一発で飛んでしまう一族移動も。
楽なのか、寂しいのか。わからない…
奄美の人たちがそれぞれの集落に(自宅のすぐそばに)お墓を持ち、色々な形でご先祖様を大事にし、
旧暦に合わせて月一回などの頻度でお墓参りにいく。
それを知ったときはびっくりしましたが、素敵なことだな~と思いました。
私は盆正月GWにしか実家に帰れませんが、行けば亡くなった祖父母に会いに行く気持ちでお墓参りにいくことがとても大切だと思っているので、子どもにもこの気持ちは継いでもらいたいと思っています。
でも…
これからの全国的な過疎化の中、空き家問題、後継ぎ問題。
未婚、非婚、もっと突っ込めば子どもを持たない権利や、生まれた性に捕らわれずに自由に生きられるLGBT権利。
その中で新しい形の「墓」はどうなっていくのか。
2年ほど前に、母の友人が「樹木葬」の下見に行きたいと言い出し、一緒に付き合い、予約を入れてきました。
子どもたちに迷惑をかけたくないそうです。離婚しているし。
世の中の多様な価値観と伝統を守るのは、「墓」一つでも難しいことなのだな…と思います。
SLA発起人
仕事しながら聞いていた「終活」特集のテレビ番組での話。
でも「おひとり様」と言っても、決して未婚のまま一人で暮らしているというわけではなく、
結婚したカップルでも子どもがなく、
配偶者に先立たれた者、
離婚した者、
子どもがいても何らかの事情で疎遠になっていて身よりがいない近い状態の者…
なども含むそう。
「子どもを家の世継ぎ」とする「家制度」の崩壊は目前。
子どもには個としての権利が生まれながらに存在し、彼・彼女が自由に生きるべき時代が来て「家に縛られる」「親に縛られる」という時代ではなくなることになるでしょう。
個人的にはそれでいいと思います。
1800年後半に成立した明治期の家族制度は、歴史的に見ればたかが100数十年。
お墓でさえ江戸時代頃までは有力者のみのもので、庶民の場合は亡くなってもお墓が建てられることはなかったらしいし、
「個人墓」から「家墓」になったのは土地不足と土葬から火葬へ変わった時代の変化にそったもの。
「墓守」のために「家制度」を、そしてそのために子どもを産む(昔は家を継承するために養子さえもとる)時代は、
好むと好まざるに関わらず変化の時期を迎えようとしています。
奄美は奄美の歴史とかいろいろあるので事情は少し違うとは思いますが、世継ぎ、家問題に関しては「空き家」を見ると全国津々浦々同じ状態なのだろうな…と思います。
主人も私も地方出身者で東京で働き、子育てをする典型的「上京組」。
東京に来てから知り合った人たちもほとんどが同じ地方出身者。
たまに夫婦の片方が東京育ちのパターンもありますが、「夫婦両方」が東京出身という珍しいパターンの場合は、
「お育ちの良いお金持ち」のパターンが多いです。
一度そのパターンの夫婦がさらっとお正月の過ごし方を離していましたが、
東京に実家がある夫婦は、近郊の箱根や熱海などの温泉でお正月を過ごしたりすることが多いとのこと。
なるほど。どちらか(または両方)の実家に帰らないでもいいのか。普段近い距離にいるから。
というか、帰省と縁がないのか。あのラッシュもお金が一発で飛んでしまう一族移動も。
楽なのか、寂しいのか。わからない…
奄美の人たちがそれぞれの集落に(自宅のすぐそばに)お墓を持ち、色々な形でご先祖様を大事にし、
旧暦に合わせて月一回などの頻度でお墓参りにいく。
それを知ったときはびっくりしましたが、素敵なことだな~と思いました。
私は盆正月GWにしか実家に帰れませんが、行けば亡くなった祖父母に会いに行く気持ちでお墓参りにいくことがとても大切だと思っているので、子どもにもこの気持ちは継いでもらいたいと思っています。
でも…
これからの全国的な過疎化の中、空き家問題、後継ぎ問題。
未婚、非婚、もっと突っ込めば子どもを持たない権利や、生まれた性に捕らわれずに自由に生きられるLGBT権利。
その中で新しい形の「墓」はどうなっていくのか。
2年ほど前に、母の友人が「樹木葬」の下見に行きたいと言い出し、一緒に付き合い、予約を入れてきました。
子どもたちに迷惑をかけたくないそうです。離婚しているし。
世の中の多様な価値観と伝統を守るのは、「墓」一つでも難しいことなのだな…と思います。
SLA発起人
2020年10月22日
宮崎駿の最高の毒舌が語る子どもの未来
気が早いような気もしますが、来年東京に帰るにあたっては11月頭にはあちらの幼稚園か保育園に申込をし、
幼稚園ならば面接を受けて(奄美にいることを考慮してもらえたとしても何らかの方法で)席を確保するか、
保育園ならば区の審査を受けて2月の発表を待たなければなりません。
元々通っていた保育園は家の目の前の巨大オフィスビルの中にある複合施設の一部にあり、
園庭はないけれども常に目の前にある噴水広場や散歩に連れて行ってくれるし、何しろ先生方の入れ替わりが少なくてとても暖かい保育園であったため、とても満足していました。
同じクラスだったママ友が毎月1日になると、園の定員の空き状況をスクリーンショットで送ってくれる(笑)。
私もチェックできるから大丈夫だけど「早く帰ってきて~!待っているよ~」という感じで。
そこは認可保育園とはいえ、第三セクターの小さな保育園であるため、3歳児クラスはちょうど幼稚園に流れる子いるから恐らく1,2名なら空くかな…と思っていたところ、コロナ禍と重なって幼稚園に入ったら少しずつ働き始めようと思っていたママたちが入園を諦めた傾向があるらしく、今年に限って5名も空きがある!
ウチの息子が入れる可能性は相当高い。
ですので、多分コロナがなかったらそのままそこに戻っていた…と思います。
でも、でも、でも。
奄美から東京に戻るにあたり、どうしてもそれをしたくない自分がいるのです。
この大自然の中で自我が目覚めて(デビル化もしているけど…)、毎日無邪気にマスクもせず元気に走り回っている有難い環境にいる彼に、
「電車に乗るからマスクしなさい」「ベタベタ色々触っちゃだめ」と言いながら、激混みの公園に連れていけるか。
先生方の除菌作業や散歩での最大限の配慮に感謝しつつも、クラスターにおびえてイライラせずにいられるか…
そして何より。5歳、6歳の大事な発達期に、この緑の環境からビルの一室に閉じ込める逆行コースを彼に強いることができるか。
小学校入学までの大事な二年間を。
そうしたことをずっとずっと夏ぐらいから悩み続け、色々な人と相談し(旦那や親たちなど)、またもや「プチ別居」にはなってしまうけど、
お隣神奈川県の山側の方で活動しているNPOが経営する「森のようちえん」の一つに入園することにしました。
月~木は狭いマンションで私と息子か、在宅勤務日がある主人と息子が暮らし、金曜から日曜は家族が東京で合流。
東京の学校に帰る決心が揺るがない娘は4年生にもなるので、そこまで神経をとがらせなくとも、運動の機会、外遊びの機会を確保してあげれば一人である程度のことはできるので、そういったフレキシブルな環境を楽しめる子にしたい。
「森のようちえん」教育はもともとデンマークの母親たちがはじめた教育方法で、今や日本全国に広がるネットワークをもっており、
前々から興味がありました。
http://morinoyouchien.org/
園舎を持たず(認可を受けるためにある程度のものを用意しているところもありますが)、一日の大半を森(公園でもいい)で過ごすことを目的とし、自然のなかでいっぱい遊び、自然を感じ、自分で考えることを目的とした理念を掲げています。
保育者の介入は「見守り」程度の最低限。
例えば森へ行って、自分たちのリュックを置くために敷物を斜面に敷く。
どう敷いたらいいのだろう?
どう協力したらいいのだろう?
あっちに敷いた方がいいのではないか?
雨が降ってきたらどうすべきか?
すべてにおいて考えさせるように促します。
そしてよっぽどの大雨じゃない限り、頑丈な全身タイプのカッパを着て山や川に出かけるそうです。
今の幼稚園のようなお祈り、秩序を厳守するような静寂な時間、運動会に向けた大事な練習の積み重ね経験…
そうしたものがなくなって、ちょっと違った方向にいくことになる教育方針。
小学校に入った時に戸惑う子もいるとかいないとか。
ま、娘と同じ小学校に通うことになったら、周りはみんな周辺の幼稚園・保育園でがっちり固まって入学してくるから、
相当なマイノリティになることは間違いありません。
(私はそこもむしろ強くなれる良い影響になって欲しいと思いますが)
それでも「プチ別居」とはいえ、またも家を借りてまで隣の県の幼稚園に行く必要はあるのかな…
そんなお金をかけるなら、将来彼の好きな道に進むときに使ってあげた方がいいのじゃないかな…と迷うことも。
決して財政的に問題がないわけではない(むしろ問題笑)、
「コロナじゃなければ選ばなかった選択」であることは間違いないですし。
そんな話を今週頭、フランスのブルゴーニュでオランダ人の旦那さんとB&Bを経営している高校時代の大親友にLINEしていました。
すると、友人いわく「いいんじゃない?宮崎駿がよく子どもの未来のために…というけど、子どもの未来なんて”つまらない大人”なんだから、大事なのは今だ!みたいなことを言っていたよ。将来のためにとかよりも、今彼が楽しめるのは何かを考えてあげて動けば十分なんじゃないの」と言われたのです。
ネットで調べてみましたが、正しくは、
「子どもの未来」というでしょ。
でも子どもの未来は残念ながらつまらない大人なんです。
子どもというのはその瞬間しかないんです。
その大事なときに、つまんないお勉強とか、つまんない親の見栄とか、つまんない親の安心のために、つまんない親の考えのために子どもの生活を奪うなといいたいです。」(宮崎駿)
という発言だったようです。
目から鱗でした。ホントそうですよね。
だって「娘が将来、生きる力を持てるように」と思って奄美にくる決心をしたのに、
離島留学のHPを見て一発で気に入ったし、下見の時点で本人が来る気満々だったし、登校一日目で校長先生に「半日で島の子みたいです(笑)」と言われたのも元々持つ本人の「ものごとを楽しむ力」。
ま、離島留学で娘の時間を奪ったつもりはないのですが、結局は彼女の人生のその「瞬間」が大切で、楽しくて、価値があればいいんだ!
息子も一緒。お金もまたかかるし(稼げばどうにかなるにしても)、家族もまた週の半分は離れちゃうけど、
彼が幼稚園を気に入ってくれて(100%気に入るとみている…外遊び、新しい環境大好き)、毎日「楽しかったー」と帰って来てくれれば細かいことは気にしないでもいいかもしれない。もちろん合わなければその時に修正をかけよう!楽しめないことが最悪な選択だから。
結局「つまらない大人」がゴールであることはみんな一緒で、自分もその「つまらない大人」の一人で、毎日どう手を抜くか、楽して稼げないか(笑)、そんなことばかり考えながらテレビを観てワハハと笑っているけど、
もしかしたら子どもたちの「瞬間」「瞬間」を大事にし続けてあげれば、「面白い大人」になる可能性もあるかもしれない。
(↑ま、それが親の欲目なんだろうけど。)
ゴールが「つまらない大人」でいいのだと思えば気が楽!
頑張って子育てしても、しなくても(笑)、みんな「つまらない大人になる」。当たっていると思う。面白い大人なんて極わずかしかいないもん。
ま、この発言も賛否両論あるみたいで、ジブリ作品に絡めて叩いているブログやツイッターの内容も観ましたが、
「じゃあ聞くが、宮崎駿ぐらいの(毒舌でも)作品やメッセージを出せるのかい?あんた?」
…と、湯婆婆の顔で上から覗き込んで聞いてみたい。
SLA発起人
※特別ジブリファンではないが、普通にトトロも、キキも、千尋も好き
幼稚園ならば面接を受けて(奄美にいることを考慮してもらえたとしても何らかの方法で)席を確保するか、
保育園ならば区の審査を受けて2月の発表を待たなければなりません。
元々通っていた保育園は家の目の前の巨大オフィスビルの中にある複合施設の一部にあり、
園庭はないけれども常に目の前にある噴水広場や散歩に連れて行ってくれるし、何しろ先生方の入れ替わりが少なくてとても暖かい保育園であったため、とても満足していました。
同じクラスだったママ友が毎月1日になると、園の定員の空き状況をスクリーンショットで送ってくれる(笑)。
私もチェックできるから大丈夫だけど「早く帰ってきて~!待っているよ~」という感じで。
そこは認可保育園とはいえ、第三セクターの小さな保育園であるため、3歳児クラスはちょうど幼稚園に流れる子いるから恐らく1,2名なら空くかな…と思っていたところ、コロナ禍と重なって幼稚園に入ったら少しずつ働き始めようと思っていたママたちが入園を諦めた傾向があるらしく、今年に限って5名も空きがある!
ウチの息子が入れる可能性は相当高い。
ですので、多分コロナがなかったらそのままそこに戻っていた…と思います。
でも、でも、でも。
奄美から東京に戻るにあたり、どうしてもそれをしたくない自分がいるのです。
この大自然の中で自我が目覚めて(デビル化もしているけど…)、毎日無邪気にマスクもせず元気に走り回っている有難い環境にいる彼に、
「電車に乗るからマスクしなさい」「ベタベタ色々触っちゃだめ」と言いながら、激混みの公園に連れていけるか。
先生方の除菌作業や散歩での最大限の配慮に感謝しつつも、クラスターにおびえてイライラせずにいられるか…
そして何より。5歳、6歳の大事な発達期に、この緑の環境からビルの一室に閉じ込める逆行コースを彼に強いることができるか。
小学校入学までの大事な二年間を。
そうしたことをずっとずっと夏ぐらいから悩み続け、色々な人と相談し(旦那や親たちなど)、またもや「プチ別居」にはなってしまうけど、
お隣神奈川県の山側の方で活動しているNPOが経営する「森のようちえん」の一つに入園することにしました。
月~木は狭いマンションで私と息子か、在宅勤務日がある主人と息子が暮らし、金曜から日曜は家族が東京で合流。
東京の学校に帰る決心が揺るがない娘は4年生にもなるので、そこまで神経をとがらせなくとも、運動の機会、外遊びの機会を確保してあげれば一人である程度のことはできるので、そういったフレキシブルな環境を楽しめる子にしたい。
「森のようちえん」教育はもともとデンマークの母親たちがはじめた教育方法で、今や日本全国に広がるネットワークをもっており、
前々から興味がありました。
http://morinoyouchien.org/
園舎を持たず(認可を受けるためにある程度のものを用意しているところもありますが)、一日の大半を森(公園でもいい)で過ごすことを目的とし、自然のなかでいっぱい遊び、自然を感じ、自分で考えることを目的とした理念を掲げています。
保育者の介入は「見守り」程度の最低限。
例えば森へ行って、自分たちのリュックを置くために敷物を斜面に敷く。
どう敷いたらいいのだろう?
どう協力したらいいのだろう?
あっちに敷いた方がいいのではないか?
雨が降ってきたらどうすべきか?
すべてにおいて考えさせるように促します。
そしてよっぽどの大雨じゃない限り、頑丈な全身タイプのカッパを着て山や川に出かけるそうです。
今の幼稚園のようなお祈り、秩序を厳守するような静寂な時間、運動会に向けた大事な練習の積み重ね経験…
そうしたものがなくなって、ちょっと違った方向にいくことになる教育方針。
小学校に入った時に戸惑う子もいるとかいないとか。
ま、娘と同じ小学校に通うことになったら、周りはみんな周辺の幼稚園・保育園でがっちり固まって入学してくるから、
相当なマイノリティになることは間違いありません。
(私はそこもむしろ強くなれる良い影響になって欲しいと思いますが)
それでも「プチ別居」とはいえ、またも家を借りてまで隣の県の幼稚園に行く必要はあるのかな…
そんなお金をかけるなら、将来彼の好きな道に進むときに使ってあげた方がいいのじゃないかな…と迷うことも。
決して財政的に問題がないわけではない(むしろ問題笑)、
「コロナじゃなければ選ばなかった選択」であることは間違いないですし。
そんな話を今週頭、フランスのブルゴーニュでオランダ人の旦那さんとB&Bを経営している高校時代の大親友にLINEしていました。
すると、友人いわく「いいんじゃない?宮崎駿がよく子どもの未来のために…というけど、子どもの未来なんて”つまらない大人”なんだから、大事なのは今だ!みたいなことを言っていたよ。将来のためにとかよりも、今彼が楽しめるのは何かを考えてあげて動けば十分なんじゃないの」と言われたのです。
ネットで調べてみましたが、正しくは、
「子どもの未来」というでしょ。
でも子どもの未来は残念ながらつまらない大人なんです。
子どもというのはその瞬間しかないんです。
その大事なときに、つまんないお勉強とか、つまんない親の見栄とか、つまんない親の安心のために、つまんない親の考えのために子どもの生活を奪うなといいたいです。」(宮崎駿)
という発言だったようです。
目から鱗でした。ホントそうですよね。
だって「娘が将来、生きる力を持てるように」と思って奄美にくる決心をしたのに、
離島留学のHPを見て一発で気に入ったし、下見の時点で本人が来る気満々だったし、登校一日目で校長先生に「半日で島の子みたいです(笑)」と言われたのも元々持つ本人の「ものごとを楽しむ力」。
ま、離島留学で娘の時間を奪ったつもりはないのですが、結局は彼女の人生のその「瞬間」が大切で、楽しくて、価値があればいいんだ!
息子も一緒。お金もまたかかるし(稼げばどうにかなるにしても)、家族もまた週の半分は離れちゃうけど、
彼が幼稚園を気に入ってくれて(100%気に入るとみている…外遊び、新しい環境大好き)、毎日「楽しかったー」と帰って来てくれれば細かいことは気にしないでもいいかもしれない。もちろん合わなければその時に修正をかけよう!楽しめないことが最悪な選択だから。
結局「つまらない大人」がゴールであることはみんな一緒で、自分もその「つまらない大人」の一人で、毎日どう手を抜くか、楽して稼げないか(笑)、そんなことばかり考えながらテレビを観てワハハと笑っているけど、
もしかしたら子どもたちの「瞬間」「瞬間」を大事にし続けてあげれば、「面白い大人」になる可能性もあるかもしれない。
(↑ま、それが親の欲目なんだろうけど。)
ゴールが「つまらない大人」でいいのだと思えば気が楽!
頑張って子育てしても、しなくても(笑)、みんな「つまらない大人になる」。当たっていると思う。面白い大人なんて極わずかしかいないもん。
ま、この発言も賛否両論あるみたいで、ジブリ作品に絡めて叩いているブログやツイッターの内容も観ましたが、
「じゃあ聞くが、宮崎駿ぐらいの(毒舌でも)作品やメッセージを出せるのかい?あんた?」
…と、湯婆婆の顔で上から覗き込んで聞いてみたい。
SLA発起人
※特別ジブリファンではないが、普通にトトロも、キキも、千尋も好き
2020年10月19日
多分結婚記念日
今日は私たち夫婦の結婚記念日らしい…
というか、正直どの日を結婚記念日にしていいのか、10年以上悩んでいる。
10月4日に神社で式を挙げた。秋晴れの仙台(といっても、お隣のお隣の塩釜市にある塩釜神社)で、両家の家族と挙式の様子を覗きに来てくれた地元の親友たちに見守られながら、厳かに執り行われた挙式。
…というか、当時増え始めていた中国人観光客に勝手に写真をバシャバシャ撮られながら気分は「エリカ様」(そこまでの髪型ではなかったが笑)。
その後親族(おじ・おばまで)のみで食事会。今は亡き大好きだった祖母にも花嫁姿を見せることができたし、一番心配していた(なぜだ!)みたいなので、安心させることができて満足。
そして東京に戻り同月17日に皇居目の前の素敵なレストランで仕事関係者や東京・仙台・高松の友人たちを呼んで自由気ままにおこなった1.5次会(盛大な一般的な披露宴と、会費制の2次会の間ぐらいのレベル)スタイルでおこなったパーティーは、すべてを手作りに、ユニークにすることを心がけたため、登場の仕方から途中のスピーチ、一芸披露まですべてが爆笑の渦。
その場で出席者を証人に挙式代わりに婚姻届けにサインをし、2次会前に一番近くの区役所に提出に行く予定でいたので、私たちとしては、この10月17日が「結婚記念日」になるはずでした…
が!
パーティーに凝り過ぎてよーくよーく婚姻届けの準備をしていなかった自分たち。
下準備は本当に大事ですね…
昨今話題になっている「印鑑!」
その「印鑑」のせいで2次会開始までに届けるはずだった婚姻届けが出せませんでした!!!
なんと「捨て印」をすっかり忘れていたのです。
会場だったレストランからホテルに帰ってきてそれに気づき、すぐに戻って印鑑を探そうかと思ったのですが(挙式代わりのセレモニーで使用したため)、恐らく荷物は翌日に取りに行くという段取りだったため、すべてひとまとまりにされており、そこから印鑑だけを探していたら二次会に間に合わないだろう…との判断で、ずーーーーーっと練っていた17日届出作戦はあっさりと撃沈。
そして翌日18日。
今度こそ荷物をレストランに取りに行き、印鑑をしっかり探して捨て印を押し、きちんと提出に行こう!と思ったところ…
案の定、想定内、予想通り、そりゃそうだよね~、的に前日の飲み過ぎがたたり、二人ともヘロヘロ。
レストランに荷物を取りに行くだけでいっぱいいっぱい。あっさり区役所行きは却下。
結局予定より2日遅れの19日朝。
会社に行く前の朝に区役所の時間外窓口に提出して、あっさりと受理されたため、なんの思い入れもない19日に入籍しました。
ということで、
挙式をした10月4日なのか…
みんなの前で祝ってもらって盛大にパーティーをした17日なのか…
なんの思い入れもないけど、実際に籍を入れた19日なのか…
毎年、旦那が(または自分が)どの日を「そういえば結婚記念日だね」というかで私たちの結婚記念日は変わります。
こういう人、きっとたくさんいるのでしょうね。(いないか?)
アメリカの家族や友人たちは結婚記念日は命がけ?という程大事にします。
たとえ結婚20年でも、2年でも、花を贈り、旅行へ行き、愛情を確かめ合い、みんなからお祝いしてもらいます。
今月、私のホストブラザーは二度目の結婚の(笑)記念日だったらしく、このコロナ禍の中、メキシコのビーチに旅行に行ったそうです。
子どもたち二人(3歳と0歳)をGrandpaとGrandmaに預けて。
そんなの当然の話。
みんなそこまでしないにしても、子どもたちは誰かに預けて必ずディナーか1泊程度でも旅行に行きます。
今決まっている計画としては、2022年に私のホストファミリーのパパとママが結婚50周年を迎えるため、
関係者家族全員でハワイに集まる予定です。
私たち家族も去年からそのメンバーとして招待されているので、4人分の飛行機代を貯めねば!と思っていたところです。
ホストマザーの60歳の誕生日の時もマウイで集まりましたが、その時は私はまだ独身だったので簡単に行けましたが、
家族全員でいくのは大変。
一昨年、父の70歳祝いで行ったときも大変でした。子守り(じいじの)もお金も(涙)。
またお金かかるなぁ~と覚悟していましたが、そんなときにこのコロナ。
今やお金がかかっても絶対絶対2022年までにどうにか収まって、無事にいけることを祈るばかり。
そのためには頑張って働こうと思えます。
贅沢がしたいわけではないけど、大好きな人のお祝いに、その人たちと楽しく過ごすことができることにお金をかけるということはとてもとても幸せなことなのではないかと思えるのです。それが最も贅沢なことなんだと。
どうか行けますように!
それにしても結婚50周年か…金婚式っていうけど、旦那と自分に置き換えると…はぁ~
あと難百回喧嘩するだろうなぁ~それまで(笑)。
SLA発起人
というか、正直どの日を結婚記念日にしていいのか、10年以上悩んでいる。
10月4日に神社で式を挙げた。秋晴れの仙台(といっても、お隣のお隣の塩釜市にある塩釜神社)で、両家の家族と挙式の様子を覗きに来てくれた地元の親友たちに見守られながら、厳かに執り行われた挙式。
…というか、当時増え始めていた中国人観光客に勝手に写真をバシャバシャ撮られながら気分は「エリカ様」(そこまでの髪型ではなかったが笑)。
その後親族(おじ・おばまで)のみで食事会。今は亡き大好きだった祖母にも花嫁姿を見せることができたし、一番心配していた(なぜだ!)みたいなので、安心させることができて満足。
そして東京に戻り同月17日に皇居目の前の素敵なレストランで仕事関係者や東京・仙台・高松の友人たちを呼んで自由気ままにおこなった1.5次会(盛大な一般的な披露宴と、会費制の2次会の間ぐらいのレベル)スタイルでおこなったパーティーは、すべてを手作りに、ユニークにすることを心がけたため、登場の仕方から途中のスピーチ、一芸披露まですべてが爆笑の渦。
その場で出席者を証人に挙式代わりに婚姻届けにサインをし、2次会前に一番近くの区役所に提出に行く予定でいたので、私たちとしては、この10月17日が「結婚記念日」になるはずでした…
が!
パーティーに凝り過ぎてよーくよーく婚姻届けの準備をしていなかった自分たち。
下準備は本当に大事ですね…
昨今話題になっている「印鑑!」
その「印鑑」のせいで2次会開始までに届けるはずだった婚姻届けが出せませんでした!!!
なんと「捨て印」をすっかり忘れていたのです。
会場だったレストランからホテルに帰ってきてそれに気づき、すぐに戻って印鑑を探そうかと思ったのですが(挙式代わりのセレモニーで使用したため)、恐らく荷物は翌日に取りに行くという段取りだったため、すべてひとまとまりにされており、そこから印鑑だけを探していたら二次会に間に合わないだろう…との判断で、ずーーーーーっと練っていた17日届出作戦はあっさりと撃沈。
そして翌日18日。
今度こそ荷物をレストランに取りに行き、印鑑をしっかり探して捨て印を押し、きちんと提出に行こう!と思ったところ…
案の定、想定内、予想通り、そりゃそうだよね~、的に前日の飲み過ぎがたたり、二人ともヘロヘロ。
レストランに荷物を取りに行くだけでいっぱいいっぱい。あっさり区役所行きは却下。
結局予定より2日遅れの19日朝。
会社に行く前の朝に区役所の時間外窓口に提出して、あっさりと受理されたため、なんの思い入れもない19日に入籍しました。
ということで、
挙式をした10月4日なのか…
みんなの前で祝ってもらって盛大にパーティーをした17日なのか…
なんの思い入れもないけど、実際に籍を入れた19日なのか…
毎年、旦那が(または自分が)どの日を「そういえば結婚記念日だね」というかで私たちの結婚記念日は変わります。
こういう人、きっとたくさんいるのでしょうね。(いないか?)
アメリカの家族や友人たちは結婚記念日は命がけ?という程大事にします。
たとえ結婚20年でも、2年でも、花を贈り、旅行へ行き、愛情を確かめ合い、みんなからお祝いしてもらいます。
今月、私のホストブラザーは二度目の結婚の(笑)記念日だったらしく、このコロナ禍の中、メキシコのビーチに旅行に行ったそうです。
子どもたち二人(3歳と0歳)をGrandpaとGrandmaに預けて。
そんなの当然の話。
みんなそこまでしないにしても、子どもたちは誰かに預けて必ずディナーか1泊程度でも旅行に行きます。
今決まっている計画としては、2022年に私のホストファミリーのパパとママが結婚50周年を迎えるため、
関係者家族全員でハワイに集まる予定です。
私たち家族も去年からそのメンバーとして招待されているので、4人分の飛行機代を貯めねば!と思っていたところです。
ホストマザーの60歳の誕生日の時もマウイで集まりましたが、その時は私はまだ独身だったので簡単に行けましたが、
家族全員でいくのは大変。
一昨年、父の70歳祝いで行ったときも大変でした。子守り(じいじの)もお金も(涙)。
またお金かかるなぁ~と覚悟していましたが、そんなときにこのコロナ。
今やお金がかかっても絶対絶対2022年までにどうにか収まって、無事にいけることを祈るばかり。
そのためには頑張って働こうと思えます。
贅沢がしたいわけではないけど、大好きな人のお祝いに、その人たちと楽しく過ごすことができることにお金をかけるということはとてもとても幸せなことなのではないかと思えるのです。それが最も贅沢なことなんだと。
どうか行けますように!
それにしても結婚50周年か…金婚式っていうけど、旦那と自分に置き換えると…はぁ~
あと難百回喧嘩するだろうなぁ~それまで(笑)。
SLA発起人
2020年10月19日
秋が恋しい!
うちの子どもたちは秋が一番大好きです。
いや、言われてみれば私もかもしれない。
なんと言っても食べ物!
秋刀魚(岩手県の大船渡から美味しい美味しい秋刀魚を直送してもらっていましたが、近年は…涙)
鮭(今年は鮭もダメだそうです…涙)
いくら(鮭とセットですよね…)
といった海の幸だけではなく、
イチジク(子どものくせに甘露煮が大好き!何個も何個も欲しがります)
干し柿(これも必死に食らいつく)
梨(お隣の利府町というところも梨が有名。仲良し一家がいる埼玉の白岡市も梨が有名でたくさん送られてくる)
葡萄(シャインマスカットが何と言っても大好き!ママ友が一年に一回の贅沢!と言って大量買いして分けてくれる)
栗ご飯
そして宮城県の名物「はらこ飯」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%82%89%E3%81%93%E9%A3%AF
本当に本当に大好きです。
あとは仙台、山形、岩手の一部までの文化として秋の季節行事である「芋煮会」。
色づいた紅葉の中、河原で美味しい豚汁(山形は牛煮)を食べる楽しさは格別です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%8B%E7%85%AE%E4%BC%9A
これらが揃わないと「秋」という感じがしない!
東北人にとっての収穫祭でありながら、職場、友人、地域との交流の場となる必然の行事であるため、芋煮会が重なる年があれば大変。
ですが逆になんの輪にもはいいていなかったり、友達と企画したりしないと、「あれ?私今年一つも行かなかったなぁ~」という年もあります。
これらの食べ物や行事がそろってやっと秋がキターーーーーーーー!という気持ちになれます。
ただ今年はこれらの一つもありません。
外ではまだセミが鳴いているし、旧暦でやっと9月頭?笑。
そして急に寒くなって「秋」がないまま「冬」になって突然寒くなるよ~とみんなに言われる。
そこもまあ経験。今年しかできない経験ですし、奄美を楽しむのみです。
でも一つだけ。もしここに「金木犀」の香りがあったなら。
もし金木犀の香りが急にふわっとしたら、
間違いなく私は涙が出てきて実家に帰りたくなってしまうと思います。
なぜか昔から金木犀の匂いが私にとっての郷愁の香りの一つで、東京でも普通に歩いていてふっと金木犀の香りがすると急に仙台に帰りたくなる。
別に庭にあって必ず匂いがしていたわけではなく、学校の帰り道に嗅いだ匂いだな~程度なのですが、不思議。
アメリカにいた時は、なぜか雨の匂いでホームシックになっていました。
雨の匂いがすると、頭の中に「ふるさと」の曲の「いかにいます父母~」の部分が流れて、親たちを思い出す。
これも特に理由はないのでしょうけど、やはり匂いがさせることだったのだと思います。
そして今。金木犀はないけど、娘の小学校の夕読み前の歌が「ふるさと」。
これを流してから子どもたちがペアで本を読むのですが、「いかにいます父母~」のところで「あ…アメリカにいた時は雨の匂いでこの曲を思い出して、そしてこの歌詞で日本にいたお父さんとお母さんを思い出していたなぁ」と「アメリカのパパとママ」を思い出す…
一周廻って変な連想ゲームになっています。匂いや原体験ってすごいですね。
もし、「秋」を知らない奄美の方がいらっしゃったら、できれば北日本に行ってみてください。
Go Toを使ってでも、今年はそれどころではなくても、いつの日か。
美味しいもの、紅葉、秋の香り。どれも捨てがたいです。
SLA発起人
いや、言われてみれば私もかもしれない。
なんと言っても食べ物!
秋刀魚(岩手県の大船渡から美味しい美味しい秋刀魚を直送してもらっていましたが、近年は…涙)
鮭(今年は鮭もダメだそうです…涙)
いくら(鮭とセットですよね…)
といった海の幸だけではなく、
イチジク(子どものくせに甘露煮が大好き!何個も何個も欲しがります)
干し柿(これも必死に食らいつく)
梨(お隣の利府町というところも梨が有名。仲良し一家がいる埼玉の白岡市も梨が有名でたくさん送られてくる)
葡萄(シャインマスカットが何と言っても大好き!ママ友が一年に一回の贅沢!と言って大量買いして分けてくれる)
栗ご飯
そして宮城県の名物「はらこ飯」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%82%89%E3%81%93%E9%A3%AF
本当に本当に大好きです。
あとは仙台、山形、岩手の一部までの文化として秋の季節行事である「芋煮会」。
色づいた紅葉の中、河原で美味しい豚汁(山形は牛煮)を食べる楽しさは格別です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%8B%E7%85%AE%E4%BC%9A
これらが揃わないと「秋」という感じがしない!
東北人にとっての収穫祭でありながら、職場、友人、地域との交流の場となる必然の行事であるため、芋煮会が重なる年があれば大変。
ですが逆になんの輪にもはいいていなかったり、友達と企画したりしないと、「あれ?私今年一つも行かなかったなぁ~」という年もあります。
これらの食べ物や行事がそろってやっと秋がキターーーーーーーー!という気持ちになれます。
ただ今年はこれらの一つもありません。
外ではまだセミが鳴いているし、旧暦でやっと9月頭?笑。
そして急に寒くなって「秋」がないまま「冬」になって突然寒くなるよ~とみんなに言われる。
そこもまあ経験。今年しかできない経験ですし、奄美を楽しむのみです。
でも一つだけ。もしここに「金木犀」の香りがあったなら。
もし金木犀の香りが急にふわっとしたら、
間違いなく私は涙が出てきて実家に帰りたくなってしまうと思います。
なぜか昔から金木犀の匂いが私にとっての郷愁の香りの一つで、東京でも普通に歩いていてふっと金木犀の香りがすると急に仙台に帰りたくなる。
別に庭にあって必ず匂いがしていたわけではなく、学校の帰り道に嗅いだ匂いだな~程度なのですが、不思議。
アメリカにいた時は、なぜか雨の匂いでホームシックになっていました。
雨の匂いがすると、頭の中に「ふるさと」の曲の「いかにいます父母~」の部分が流れて、親たちを思い出す。
これも特に理由はないのでしょうけど、やはり匂いがさせることだったのだと思います。
そして今。金木犀はないけど、娘の小学校の夕読み前の歌が「ふるさと」。
これを流してから子どもたちがペアで本を読むのですが、「いかにいます父母~」のところで「あ…アメリカにいた時は雨の匂いでこの曲を思い出して、そしてこの歌詞で日本にいたお父さんとお母さんを思い出していたなぁ」と「アメリカのパパとママ」を思い出す…
一周廻って変な連想ゲームになっています。匂いや原体験ってすごいですね。
もし、「秋」を知らない奄美の方がいらっしゃったら、できれば北日本に行ってみてください。
Go Toを使ってでも、今年はそれどころではなくても、いつの日か。
美味しいもの、紅葉、秋の香り。どれも捨てがたいです。
SLA発起人
2020年10月15日
セミと旧暦 in 奄美
最近の娘の体調不良に引きずられて、私も体調がすぐれない…
夜に腹痛や吐き気で起きる娘に付き合ってこちらも起きていたし、元々夜型のくせに幼稚園のお弁当作りで早起き。
昼仕事の合間にちょっと昼寝しないと身体が持たない。
が!セミが!!!セミがうるさい。
10月にセミが鳴く?普通鳴く?毎日耳を疑う。特に昼寝とはいえ寝ぼけていると、
「ここはどこだ?」「今何月だ?」と本気で迷うときがある。
大家さんに外で会って、「セミ、うるさいですね…」というと、
「あはは!12月近くまで鳴いているわよ」と普通に笑っている。
ま、大家さんは台風10号でも笑っていたから、なんでも笑って終わるけど。
今度は外を歩いていた集落の「世話好きおばさん」に同じことを愚痴る。
「あんた、そりゃそうよ。旧暦で言ったらまあーだ8月よ!旧暦で考えて見なさいよ~」と言われる。
…人生を旧暦で考えたことがなかったから、戸惑う東北人。
うううーん。ところ変わればだけど、12月近くになってもセミが鳴いていること、
旧暦で物事を考えること。
勉強になるなぁ。
とにかくセミに優しくなれるようになるにも、旧暦で物事を考えられるようになるにも、
身体が元気でないといけない。余裕がなくなる。
ちなみに旧暦、英語ではLunar Yearというが、「どうせ沖縄・奄美ぐらいの古い文化じゃん!」とバカにはできない。
何と言っても、世界人口のもの凄い割合を占める中国人、12億と言われている中国人が一斉に旧暦に則って動くものだから、
海外と取引(特にアジア)している会社にいくと、「あー、今週は何も動かないよ。旧正月だもん(または国慶節だもん)」ということがある。
あながち、集落のおばさんが言う「あんた、旧暦で考えなきゃだめよ!」は、間違いではない(笑)。
SLA発起人
夜に腹痛や吐き気で起きる娘に付き合ってこちらも起きていたし、元々夜型のくせに幼稚園のお弁当作りで早起き。
昼仕事の合間にちょっと昼寝しないと身体が持たない。
が!セミが!!!セミがうるさい。
10月にセミが鳴く?普通鳴く?毎日耳を疑う。特に昼寝とはいえ寝ぼけていると、
「ここはどこだ?」「今何月だ?」と本気で迷うときがある。
大家さんに外で会って、「セミ、うるさいですね…」というと、
「あはは!12月近くまで鳴いているわよ」と普通に笑っている。
ま、大家さんは台風10号でも笑っていたから、なんでも笑って終わるけど。
今度は外を歩いていた集落の「世話好きおばさん」に同じことを愚痴る。
「あんた、そりゃそうよ。旧暦で言ったらまあーだ8月よ!旧暦で考えて見なさいよ~」と言われる。
…人生を旧暦で考えたことがなかったから、戸惑う東北人。
うううーん。ところ変わればだけど、12月近くになってもセミが鳴いていること、
旧暦で物事を考えること。
勉強になるなぁ。
とにかくセミに優しくなれるようになるにも、旧暦で物事を考えられるようになるにも、
身体が元気でないといけない。余裕がなくなる。
ちなみに旧暦、英語ではLunar Yearというが、「どうせ沖縄・奄美ぐらいの古い文化じゃん!」とバカにはできない。
何と言っても、世界人口のもの凄い割合を占める中国人、12億と言われている中国人が一斉に旧暦に則って動くものだから、
海外と取引(特にアジア)している会社にいくと、「あー、今週は何も動かないよ。旧正月だもん(または国慶節だもん)」ということがある。
あながち、集落のおばさんが言う「あんた、旧暦で考えなきゃだめよ!」は、間違いではない(笑)。
SLA発起人
2020年10月14日
「頑張る」と「根性」
娘の体調は相変わらずアップダウンが激しく、発熱はないけども腹痛・吐き気・頭痛が元気な中でもサンドイッチのように挟まれてやってくる。
それでも学校の先生たちが配慮してくれるお陰で、体育を見学させてもらったり、具合が悪くならないように外遊びを止めてくれたり(これがじゃじゃ馬には難しい!)、スポーツテストの走る部分を先送りしてくれたり。
本当に有難いです。
特に校長先生は、「運動会の頑張りすぎが原因よ。子どもは自分でも気が付かないだけで、相当疲れているんだから。心も身体も」
とおっしゃってくれて、娘が張り切り過ぎないように目を光らせてくれています。
普段とても「怖い」というと語弊があるけど(笑)、「厳しい」先生なので、娘いわく「私ばかりしょっちゅう怒られるんだよ」とのこと。
「あのね、そりゃ子どもたちがわちゃわちゃしていれば、あなたが代表で叱られても仕方ないでしょ?」と言っても納得できない様子。
でも今回、普段の厳しい校長先生が様々な部分で気にかけてくれて優しい言葉をかけてくれることで、これまでの自分の見方を反省したらしく、「校長先生は普段怖くても(そうしか言えないらしい)、本当は優しいんだね!」と言っています。
私は「厳しい!」と言いなさい、と訂正していますが。
集落で子どもたちの様子をよく見てくれるあっけらかんとした面白おばさん。
何かと娘を見つけては「あんた、来年も奄美に残りなさい!運動会もあんたがいなくなったら成立しないでしょ!」と引き留め作戦にでてくれますが、1年だけ!と自分なりに決めて留学に来た娘には響かないらしく、残る気はないそうです(笑)。
その面白おばさんにも昨日久々に会い、娘が夏バテして体調を崩していることを言うと、速攻で、
「休ませてあげなさいよ、あなた。普段、あんなに頑張っているんだから、疲れるの当たり前よ~!!!」と(なぜか)喝を入れられました。
「そうですかね。なんか休ませることに抵抗はあったんですけど…(仕方ないですよね~)」と言おうとしたら、
「頑張る子には休息が必要なのよ!いいのよ、休ませなさい!」と。
本当に涙が出る思いです。ただただ元気いっぱいのじゃじゃ馬娘だということだけではなく、普段から頑張って色々なことに取り組んでいる姿を見ていてくれるんだな~と嬉しくなりました。
そして息子を迎えに幼稚園に行った帰り道。
大好きな大好きなマザーテレサのような園長先生。娘の顔を見て「あら、元気がないですね」とすぐにビンゴ。
「ずっと体調不良なんです。」と軽く説明したのですが、別れる時には「頑張りすぎは良くありませんよ。ゆっくり治してくださいね」と一瞬で悟られました。
娘もびっくりした様でした。何も説明していないのに、すごいね、と。
私は体力がありません。すぐ風邪を引くし、持久力がないし、それがネックでずっと運動不足です。
そんな私ですが、実は我が家(実家)は「超体育会系一家」
「野球」命で生きてきた父の下、弟も同じ道を歩み、食卓での話題は常に野球。テレビも野球中継。
近所の少年野球から、中学のシニアリーグ、高校野球の勢力図、そしてプロ野球。
ドラフト会議に指名された経歴を持つぐらいの野球人生を進んだ父にしてみれば、それぐらいは当然ですが、
野球に染められた会話は、私にはまったくの「???」状態。
人生のすべてを野球に例えるときがあります。「あー、それはセカンドがエラーして・・・が間違ってXXXXしたようなもんだな」など。
なんでも野球に置き換えるなよ!と言いたい。
だったら私だって、「それは関係代名詞の非制限用法と制限用法の違いぐらいの大きな差だよね~」とか言いたいよ(怒)!
そして仕舞いには何かできないこと、辛いことがあるとすぐに「根性だ、根性!」で片づける。
世のなかの大抵のことは「根性」で解決できると(ほぼ)本気で思っている!
これには母も呆れますが、もう誰も言い返せない。
根性で病気が治るか?根性でストレスが消えるか?根性で学力の見合わない大学に入れるのか?(ま、入れるぐらい勉強すればいいのかもしれませんが)。
とにかくこればかりで片づけられるので、子どもの頃からこの「根性だ、根性!」というのが「巨人の星」みたいで大嫌いでした。
ま、今となればこれも飲みの場所でのネタになる話ではあるのですが。
何しろ父のたくさんの珍エピソードがあるので。
一度、「中核派」の親に育てられて、自分も共産主義の研究をしている友人に愚痴っていたとき、
「父は典型的体育会系の右側の人間。私は文系の左側の人間だもん…合う分けないよね~」と言ったら、
「極右と極左はぐるっと回るとくっつくから、意外と同じことを主張するらしいよ。だから全く合わないわけではないんじゃない?」と言われたことがあります。
「あ~なるほど!…って、私は極左ではないよ!」と突っ込み返しましたが。
なんでも根性で通そうとする私の父。
そんな父も歳をとって丸くなり、孫ができて「典型的、かつちょっと変な」孫バカじじいになりました。
ここのところ娘の体調不良が長引いていることを心配して毎晩電話をかけてきます。
「大丈夫か?ちゃんと食べているか?病院にいかなくて大丈夫か?」
おいおい、「根性」はどこへいった?娘には言ったことないよね、それ。
「死語」と「流行語」の新陳代謝が激しい日本語。その柔軟性には驚かされるばかりですが、時代を超えて超えていく言葉と新しい言葉が生まれるのは古今東西共通な話。
令和に「根性」は残るのでしょうか。いつか消滅するかな…
SLA発起人
それでも学校の先生たちが配慮してくれるお陰で、体育を見学させてもらったり、具合が悪くならないように外遊びを止めてくれたり(これがじゃじゃ馬には難しい!)、スポーツテストの走る部分を先送りしてくれたり。
本当に有難いです。
特に校長先生は、「運動会の頑張りすぎが原因よ。子どもは自分でも気が付かないだけで、相当疲れているんだから。心も身体も」
とおっしゃってくれて、娘が張り切り過ぎないように目を光らせてくれています。
普段とても「怖い」というと語弊があるけど(笑)、「厳しい」先生なので、娘いわく「私ばかりしょっちゅう怒られるんだよ」とのこと。
「あのね、そりゃ子どもたちがわちゃわちゃしていれば、あなたが代表で叱られても仕方ないでしょ?」と言っても納得できない様子。
でも今回、普段の厳しい校長先生が様々な部分で気にかけてくれて優しい言葉をかけてくれることで、これまでの自分の見方を反省したらしく、「校長先生は普段怖くても(そうしか言えないらしい)、本当は優しいんだね!」と言っています。
私は「厳しい!」と言いなさい、と訂正していますが。
集落で子どもたちの様子をよく見てくれるあっけらかんとした面白おばさん。
何かと娘を見つけては「あんた、来年も奄美に残りなさい!運動会もあんたがいなくなったら成立しないでしょ!」と引き留め作戦にでてくれますが、1年だけ!と自分なりに決めて留学に来た娘には響かないらしく、残る気はないそうです(笑)。
その面白おばさんにも昨日久々に会い、娘が夏バテして体調を崩していることを言うと、速攻で、
「休ませてあげなさいよ、あなた。普段、あんなに頑張っているんだから、疲れるの当たり前よ~!!!」と(なぜか)喝を入れられました。
「そうですかね。なんか休ませることに抵抗はあったんですけど…(仕方ないですよね~)」と言おうとしたら、
「頑張る子には休息が必要なのよ!いいのよ、休ませなさい!」と。
本当に涙が出る思いです。ただただ元気いっぱいのじゃじゃ馬娘だということだけではなく、普段から頑張って色々なことに取り組んでいる姿を見ていてくれるんだな~と嬉しくなりました。
そして息子を迎えに幼稚園に行った帰り道。
大好きな大好きなマザーテレサのような園長先生。娘の顔を見て「あら、元気がないですね」とすぐにビンゴ。
「ずっと体調不良なんです。」と軽く説明したのですが、別れる時には「頑張りすぎは良くありませんよ。ゆっくり治してくださいね」と一瞬で悟られました。
娘もびっくりした様でした。何も説明していないのに、すごいね、と。
私は体力がありません。すぐ風邪を引くし、持久力がないし、それがネックでずっと運動不足です。
そんな私ですが、実は我が家(実家)は「超体育会系一家」
「野球」命で生きてきた父の下、弟も同じ道を歩み、食卓での話題は常に野球。テレビも野球中継。
近所の少年野球から、中学のシニアリーグ、高校野球の勢力図、そしてプロ野球。
ドラフト会議に指名された経歴を持つぐらいの野球人生を進んだ父にしてみれば、それぐらいは当然ですが、
野球に染められた会話は、私にはまったくの「???」状態。
人生のすべてを野球に例えるときがあります。「あー、それはセカンドがエラーして・・・が間違ってXXXXしたようなもんだな」など。
なんでも野球に置き換えるなよ!と言いたい。
だったら私だって、「それは関係代名詞の非制限用法と制限用法の違いぐらいの大きな差だよね~」とか言いたいよ(怒)!
そして仕舞いには何かできないこと、辛いことがあるとすぐに「根性だ、根性!」で片づける。
世のなかの大抵のことは「根性」で解決できると(ほぼ)本気で思っている!
これには母も呆れますが、もう誰も言い返せない。
根性で病気が治るか?根性でストレスが消えるか?根性で学力の見合わない大学に入れるのか?(ま、入れるぐらい勉強すればいいのかもしれませんが)。
とにかくこればかりで片づけられるので、子どもの頃からこの「根性だ、根性!」というのが「巨人の星」みたいで大嫌いでした。
ま、今となればこれも飲みの場所でのネタになる話ではあるのですが。
何しろ父のたくさんの珍エピソードがあるので。
一度、「中核派」の親に育てられて、自分も共産主義の研究をしている友人に愚痴っていたとき、
「父は典型的体育会系の右側の人間。私は文系の左側の人間だもん…合う分けないよね~」と言ったら、
「極右と極左はぐるっと回るとくっつくから、意外と同じことを主張するらしいよ。だから全く合わないわけではないんじゃない?」と言われたことがあります。
「あ~なるほど!…って、私は極左ではないよ!」と突っ込み返しましたが。
なんでも根性で通そうとする私の父。
そんな父も歳をとって丸くなり、孫ができて「典型的、かつちょっと変な」孫バカじじいになりました。
ここのところ娘の体調不良が長引いていることを心配して毎晩電話をかけてきます。
「大丈夫か?ちゃんと食べているか?病院にいかなくて大丈夫か?」
おいおい、「根性」はどこへいった?娘には言ったことないよね、それ。
「死語」と「流行語」の新陳代謝が激しい日本語。その柔軟性には驚かされるばかりですが、時代を超えて超えていく言葉と新しい言葉が生まれるのは古今東西共通な話。
令和に「根性」は残るのでしょうか。いつか消滅するかな…
SLA発起人