2020年10月29日
言葉に敏感になると
昔々…
firemen だった呼び方はfirefightersに、
policemenだった呼び方はpolice officersに、
chairmanもchairpersonになり、もはや古い言い方の方に違和感がある。
日本語でも、
看護婦は看護師になり、保母さんも保育士になり、「女性がなるもの!」というレッテルはすっかりはがれて定着済み。
ただ、未だに問題は多々残っている。
女子アナ(ブランド化の問題)、女性議員(議員は男性が9割以上という現実)、女性棋士(もともと女性が好まない分野)などから女性を外すところまでは行っていないし、英語でも過激なフェミニスト団体は「history」は男性の歴史(his story)という意味だから、herstoryにすべきだ!と騒いだ時期もあったらしい。
男女~という並びが嫌な人もいるかもしれないし(実際この前「女男」にすべきでしょ!と冗談半分で怒っている人もいた笑。)、私のアメリカの友人は挙式の際に牧師さんに"I now pronounce you husband and wife".の語順が気に食わないから、"wife and husband"に変えてもらった。もう20年も前の話。
今はとにかく言葉に敏感にならなければいけない時代。
文科省が2013年6月下旬、公用文中の「子ども」の表記を「子供」に統一したが、それまでは統一されておらず「子ども」が多用されてきた。「供」という字が「お供え物」「お供する」などを連想させ、差別的な印象を与えるというのが理由。そのため今でも「子供」よりも「子ども」という表記を目にすることは多い。特に新聞。
「障害者」だった表記はもっと明確な理由から「障碍者」または「障がい者」となってきているし、英語でもhandicapped personだったものも、handicappedとは何事だ!ということでdisabled、そしてそれさえも「できない」という意味があるため昨今は「persons with disabilities」が好まれる場合が多く、私たち翻訳を生業にする者たちはデリケートな問題なので必ず誰かに相談することにしている。
「黒人」を訳す時なんて、最もデリケートだ。
私が奄美に来て一番びっくりした言葉は、「はげ~!」でも「~っち(またはっちょ)」を語尾につけることではないです。
ま、それらも結構びっくりしましたが、もともと自身も東北人、父は典型的な東北訛りで歳を重ねていくたびに酷くなっているので、
どこに行っても訛りには驚かないし。
一番びっくりした言葉は、みんなが本州(九州・四国を含む)を指して「内地」と呼ぶことです。
北海道出身の子がちらっと言ったことを耳にした程度で聞いたことがありましたが、ここまで普段から
「内地では…」
「内地にいた時は…」
「内地出身だから…」
「内地だと…」
という風に頻繁に使われていることは知りませんでした。
気になって「内地」という言葉の歴史と、それについての意見を書いているブログなどを読んでみると奥深い歴史がありますね。
きっと北海道に住んだら、同じ頻度で耳にする言葉なのでしょう。
戦前のような「大日本帝国占領下」の台湾やアジア諸国を指して「外地」、そしてその反対側の本土を「内地」と呼ぶような意味は全く消えて、今や日常的に使われる俗語的用法と化したとあるので、英語で言う「スラング」ですね。
だから「内地」以外に住んでいる人が本土を指して「内地」ということには問題がない。
でも「内地」つまり本土に住む人が、それ以外の離島や北海道に住む人を「外地の人」とか「外地」と呼ぶようになった途端、それは差別用語に化すはずです。
「外地」なんて表現を聞くことはないので、それはあり得ないでしょうが、
でもこれって日本人がどこかで感じている「米軍基地問題」の本音に繋がるような気がします。あくまで個人的な感想です。ご容赦ください。
「基地が必要なら、それなら仕方ない、(外地)にお願いするしかないかな…」みたいな感覚。
近いうちに私自身も突き詰めて、答えを出したいなと思っている問題の一つです。日本の基地問題。
それには歴史と政治と現状の勉強が必要で、今そこまで行っていない状態ですが。
言葉は人間が作ります。でもその言葉にコントロールされてしまうのも人間。
決して「内地」という言葉を使うな!と言いたいわけではなく、それは単に表記、スラングの範囲。
問題は心の中で内側と外側、本土と離島、都市と地方、都会と田舎、みたいな考え方をしているうちは、これからの日本は上手く回らなくなることは間違いないでしょう。
それぞれがそれぞれの土地に誇りをもって、上手に経済やコミュニティーを回していける社会。
たかが「内地」という言葉だけど、ふっとそういうことを考えてしまいました。
ちなみに。
大学時代に現地のサマースクールを受けに1か月程アメリカに行っていた時の授業中。
先生が「日本人は手を挙げて~」と言ってカウントしていた時に(確か何かのディスカッションのための質問)、日本人なのに手を上げない女の子が一人いました。
先生が不思議に思って「あなた日本人じゃなかったっけ?」と聞くと、
「No. I am Okinawan!」(いいえ、私沖縄人よ~)と真顔で答えていました。
忘れられないシーンです。
大分違うけど、私もNHK朝ドラ「あまちゃん」の中で杉本哲太が言ったセリフ「Noと言えない東北人だから~」がお気に入りで、
いつもボランティアを頼まれると、そう答えています。
「あまちゃん」のコアなファンにしか通じません。残念。
SLA発起人
firemen だった呼び方はfirefightersに、
policemenだった呼び方はpolice officersに、
chairmanもchairpersonになり、もはや古い言い方の方に違和感がある。
日本語でも、
看護婦は看護師になり、保母さんも保育士になり、「女性がなるもの!」というレッテルはすっかりはがれて定着済み。
ただ、未だに問題は多々残っている。
女子アナ(ブランド化の問題)、女性議員(議員は男性が9割以上という現実)、女性棋士(もともと女性が好まない分野)などから女性を外すところまでは行っていないし、英語でも過激なフェミニスト団体は「history」は男性の歴史(his story)という意味だから、herstoryにすべきだ!と騒いだ時期もあったらしい。
男女~という並びが嫌な人もいるかもしれないし(実際この前「女男」にすべきでしょ!と冗談半分で怒っている人もいた笑。)、私のアメリカの友人は挙式の際に牧師さんに"I now pronounce you husband and wife".の語順が気に食わないから、"wife and husband"に変えてもらった。もう20年も前の話。
今はとにかく言葉に敏感にならなければいけない時代。
文科省が2013年6月下旬、公用文中の「子ども」の表記を「子供」に統一したが、それまでは統一されておらず「子ども」が多用されてきた。「供」という字が「お供え物」「お供する」などを連想させ、差別的な印象を与えるというのが理由。そのため今でも「子供」よりも「子ども」という表記を目にすることは多い。特に新聞。
「障害者」だった表記はもっと明確な理由から「障碍者」または「障がい者」となってきているし、英語でもhandicapped personだったものも、handicappedとは何事だ!ということでdisabled、そしてそれさえも「できない」という意味があるため昨今は「persons with disabilities」が好まれる場合が多く、私たち翻訳を生業にする者たちはデリケートな問題なので必ず誰かに相談することにしている。
「黒人」を訳す時なんて、最もデリケートだ。
私が奄美に来て一番びっくりした言葉は、「はげ~!」でも「~っち(またはっちょ)」を語尾につけることではないです。
ま、それらも結構びっくりしましたが、もともと自身も東北人、父は典型的な東北訛りで歳を重ねていくたびに酷くなっているので、
どこに行っても訛りには驚かないし。
一番びっくりした言葉は、みんなが本州(九州・四国を含む)を指して「内地」と呼ぶことです。
北海道出身の子がちらっと言ったことを耳にした程度で聞いたことがありましたが、ここまで普段から
「内地では…」
「内地にいた時は…」
「内地出身だから…」
「内地だと…」
という風に頻繁に使われていることは知りませんでした。
気になって「内地」という言葉の歴史と、それについての意見を書いているブログなどを読んでみると奥深い歴史がありますね。
きっと北海道に住んだら、同じ頻度で耳にする言葉なのでしょう。
戦前のような「大日本帝国占領下」の台湾やアジア諸国を指して「外地」、そしてその反対側の本土を「内地」と呼ぶような意味は全く消えて、今や日常的に使われる俗語的用法と化したとあるので、英語で言う「スラング」ですね。
だから「内地」以外に住んでいる人が本土を指して「内地」ということには問題がない。
でも「内地」つまり本土に住む人が、それ以外の離島や北海道に住む人を「外地の人」とか「外地」と呼ぶようになった途端、それは差別用語に化すはずです。
「外地」なんて表現を聞くことはないので、それはあり得ないでしょうが、
でもこれって日本人がどこかで感じている「米軍基地問題」の本音に繋がるような気がします。あくまで個人的な感想です。ご容赦ください。
「基地が必要なら、それなら仕方ない、(外地)にお願いするしかないかな…」みたいな感覚。
近いうちに私自身も突き詰めて、答えを出したいなと思っている問題の一つです。日本の基地問題。
それには歴史と政治と現状の勉強が必要で、今そこまで行っていない状態ですが。
言葉は人間が作ります。でもその言葉にコントロールされてしまうのも人間。
決して「内地」という言葉を使うな!と言いたいわけではなく、それは単に表記、スラングの範囲。
問題は心の中で内側と外側、本土と離島、都市と地方、都会と田舎、みたいな考え方をしているうちは、これからの日本は上手く回らなくなることは間違いないでしょう。
それぞれがそれぞれの土地に誇りをもって、上手に経済やコミュニティーを回していける社会。
たかが「内地」という言葉だけど、ふっとそういうことを考えてしまいました。
ちなみに。
大学時代に現地のサマースクールを受けに1か月程アメリカに行っていた時の授業中。
先生が「日本人は手を挙げて~」と言ってカウントしていた時に(確か何かのディスカッションのための質問)、日本人なのに手を上げない女の子が一人いました。
先生が不思議に思って「あなた日本人じゃなかったっけ?」と聞くと、
「No. I am Okinawan!」(いいえ、私沖縄人よ~)と真顔で答えていました。
忘れられないシーンです。
大分違うけど、私もNHK朝ドラ「あまちゃん」の中で杉本哲太が言ったセリフ「Noと言えない東北人だから~」がお気に入りで、
いつもボランティアを頼まれると、そう答えています。
「あまちゃん」のコアなファンにしか通じません。残念。
SLA発起人
Posted by SLA at 22:54│Comments(0)
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