2020年03月18日
全国の先生方、連日お疲れ様です!
全国のあらゆる学校という名のもと「先生」という生業を営んでいる皆様
連日の新型コロナ騒ぎの中、本当に本当にお疲れ様です。
それでなくとも年度末で忙しいこの時期に…私たちのほとんどが初めて経験するウィルスとの闘い。
保育園は保育園で、幼稚園は幼稚園で。開園していればいるだけの様々な苦労が。
小学校には小学校の、中学校には中学校の、高校には高校の苦労があるはず。
学校という名がつく教育施設に関わるすべての皆様の苦労と尽力に頭が下がる思いです。
私は20代の頃、私立高校の英語教員でした。
元々の子どもの頃の夢は通訳か翻訳家だったのですが…(小学校の卒業アルバム&文集にもそう書いてあります)
きっかけは高校時代にアメリカに留学したときに出会った英語の先生(ランゲージ・アーツの概念を繰り返し仕込んでくれた)。
当時(後にプロアメフトリーグの選手として来日することとなる)息子を妊娠していてパンパンのお腹だったのに、紫のジャケットを羽織ってハイスツールに足を組んで腰掛けて座りながら、「私、あと2か月で第一子を出産だけど、みんなに対して責任があるから2か月だけ代理教員にお願いして2月には戻って来るから!」と自己紹介をしました!衝撃!
そして本当に産後2か月で授業に戻ってきたのです。学期の途中で仕事を投げ出せないから!と言って。
うわーーー、先生ってこんなにかっこいいんだ!と思った途端、私の夢は一気に「高校の先生になる!」に変わりました。なんて単純。
そしてそのまま大学も教員になるべく中高の英語教員免許状が取れる学科へ。
大学最後の夏から再びアメリカの大学へ留学してからも、夢は高校の英語教員のまま。
翌年遅れて大学を卒業し。さて来年の教員採用試験の準備のために勉強を…と思っていた矢先に、周りから「私立高校にも採用枠はあるんじゃない?」というアドバイスを受け、たまたま父と弟が野球でお世話になった高校に履歴書を出していたところそのまま採用。あっという間に教員生活に突入しました。
ただし当時は公立学校の教員は採用も厳しかったですし、私立は私立で正式な採用になるまでは(非)常勤講師としての下積みが長く設けられており、特に私がお世話になった高校はその昇格の基準も曖昧(部活の顧問になれるスポーツ実績が必要だとか、コネだとか、女性教員は不利だとか…諸々です)。
それならばその時間を有効に使おうと社会人入学した大学院で…研究が楽しくなってしまった私は、半分教員半分研究者みたいな20代を送ってしまったことになります。
そんな私が言うのもおこがましいのですが、現在は教員採用試験もだいぶ変わってきているようです。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201906/20190608_13040.html
私の実家、宮城の話ですが全国的に同様(それでも平均5.3倍って充分狭き門のような気がしますが…
ですが特に小学校の教員不足は大都会東京でも深刻。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201910/CK2019102002000144.html
去年話題になった教員同士のイジメ問題。過密労働、学級崩壊、モンスターペアレンツとの闘いで「病んでしまう先生たち」。
どうにかならないかな…と真剣に思います。
私は自ら教職を去り、別の道を選びつつも結局「教える」ということからは離れないままここまで来てしまいました。
単純に私のように「何かを誰かに何かを教えたい、導きたい、成長をみたい」という先生もいれば、
「何かをというより、児童・生徒の心のケアをしだい」(アメリカだと学校カウンセラーは別途います)、
「進路指導をしたい」(進学アドバイザーも別)、
「部活指導をしたい」(アウトソースの可能性も含めて)、
という様々な目的や理由から「先生」になりたい人もいるはず。
縦割りにすべきところと、横断的にすべきところを機能的に設計すれば、先生も生徒・児童も共倒れしないで済む学校教育の時代がくるのではないのかと思うのです。
みんなが「金八先生」になる必要はないのでは?でも金八シリーズは大好きで全部観た私はどこかでやっぱり学校には「金八先生」に居て欲しいな…と思ってしまう。欲張りですね。
金八先生に「ランゲージ・アーツ」を教えるスキルがあるかは別ですが、ドラマ上とはいえ(笑)そんなものは必要がないぐらい生徒の人間性を大事にし、生涯一教師として退職していきます。
TBSのHPによれば、32年間で240人の生徒を送り出したそうです。
私もあのまま学校の先生を続けていたらどうだったのだろう…と思うことはあまりないです、正直。
30代でまた別の経験ができたおかげで今の自分もいるし、学んだこと、わかったこともたくさんあるので。
今まさに疲れ切っているであろう全国の先生方には、本当に心も身体も壊さずに学校、児童・生徒、各先生の自分の人生も大事に大事にしていただきたいなと心から思います。
SLA発起人
ホームページはこちらから↓↓↓
https://setouchi-language-arts.jimdosite.com/

連日の新型コロナ騒ぎの中、本当に本当にお疲れ様です。
それでなくとも年度末で忙しいこの時期に…私たちのほとんどが初めて経験するウィルスとの闘い。
保育園は保育園で、幼稚園は幼稚園で。開園していればいるだけの様々な苦労が。
小学校には小学校の、中学校には中学校の、高校には高校の苦労があるはず。
学校という名がつく教育施設に関わるすべての皆様の苦労と尽力に頭が下がる思いです。
私は20代の頃、私立高校の英語教員でした。
元々の子どもの頃の夢は通訳か翻訳家だったのですが…(小学校の卒業アルバム&文集にもそう書いてあります)
きっかけは高校時代にアメリカに留学したときに出会った英語の先生(ランゲージ・アーツの概念を繰り返し仕込んでくれた)。
当時(後にプロアメフトリーグの選手として来日することとなる)息子を妊娠していてパンパンのお腹だったのに、紫のジャケットを羽織ってハイスツールに足を組んで腰掛けて座りながら、「私、あと2か月で第一子を出産だけど、みんなに対して責任があるから2か月だけ代理教員にお願いして2月には戻って来るから!」と自己紹介をしました!衝撃!
そして本当に産後2か月で授業に戻ってきたのです。学期の途中で仕事を投げ出せないから!と言って。
うわーーー、先生ってこんなにかっこいいんだ!と思った途端、私の夢は一気に「高校の先生になる!」に変わりました。なんて単純。
そしてそのまま大学も教員になるべく中高の英語教員免許状が取れる学科へ。
大学最後の夏から再びアメリカの大学へ留学してからも、夢は高校の英語教員のまま。
翌年遅れて大学を卒業し。さて来年の教員採用試験の準備のために勉強を…と思っていた矢先に、周りから「私立高校にも採用枠はあるんじゃない?」というアドバイスを受け、たまたま父と弟が野球でお世話になった高校に履歴書を出していたところそのまま採用。あっという間に教員生活に突入しました。
ただし当時は公立学校の教員は採用も厳しかったですし、私立は私立で正式な採用になるまでは(非)常勤講師としての下積みが長く設けられており、特に私がお世話になった高校はその昇格の基準も曖昧(部活の顧問になれるスポーツ実績が必要だとか、コネだとか、女性教員は不利だとか…諸々です)。
それならばその時間を有効に使おうと社会人入学した大学院で…研究が楽しくなってしまった私は、半分教員半分研究者みたいな20代を送ってしまったことになります。
そんな私が言うのもおこがましいのですが、現在は教員採用試験もだいぶ変わってきているようです。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201906/20190608_13040.html
私の実家、宮城の話ですが全国的に同様(それでも平均5.3倍って充分狭き門のような気がしますが…
ですが特に小学校の教員不足は大都会東京でも深刻。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201910/CK2019102002000144.html
去年話題になった教員同士のイジメ問題。過密労働、学級崩壊、モンスターペアレンツとの闘いで「病んでしまう先生たち」。
どうにかならないかな…と真剣に思います。
私は自ら教職を去り、別の道を選びつつも結局「教える」ということからは離れないままここまで来てしまいました。
単純に私のように「何かを誰かに何かを教えたい、導きたい、成長をみたい」という先生もいれば、
「何かをというより、児童・生徒の心のケアをしだい」(アメリカだと学校カウンセラーは別途います)、
「進路指導をしたい」(進学アドバイザーも別)、
「部活指導をしたい」(アウトソースの可能性も含めて)、
という様々な目的や理由から「先生」になりたい人もいるはず。
縦割りにすべきところと、横断的にすべきところを機能的に設計すれば、先生も生徒・児童も共倒れしないで済む学校教育の時代がくるのではないのかと思うのです。
みんなが「金八先生」になる必要はないのでは?でも金八シリーズは大好きで全部観た私はどこかでやっぱり学校には「金八先生」に居て欲しいな…と思ってしまう。欲張りですね。
金八先生に「ランゲージ・アーツ」を教えるスキルがあるかは別ですが、ドラマ上とはいえ(笑)そんなものは必要がないぐらい生徒の人間性を大事にし、生涯一教師として退職していきます。
TBSのHPによれば、32年間で240人の生徒を送り出したそうです。
私もあのまま学校の先生を続けていたらどうだったのだろう…と思うことはあまりないです、正直。
30代でまた別の経験ができたおかげで今の自分もいるし、学んだこと、わかったこともたくさんあるので。
今まさに疲れ切っているであろう全国の先生方には、本当に心も身体も壊さずに学校、児童・生徒、各先生の自分の人生も大事に大事にしていただきたいなと心から思います。
SLA発起人
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https://setouchi-language-arts.jimdosite.com/

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